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第55話
理由も言わず、ただ泣き続ける俺の背中を桃ちゃんがそっと撫でる。
「なんで俺はリカちゃんの生徒なんだよ。なんでリカちゃんは俺の先生なんかしてんの?生徒だからダメなら俺、今すぐ学校やめる。そうしたら、リカちゃんは俺を好きになってくれるかもしれない」
こんな事、桃ちゃんに言っても仕方ないってわかってる。桃ちゃんを困らせるだけだって事もわかってる。けれど誰かに聞いてほしかった。
ちゃんと、この気持ちが流されてるんじゃなくて本気なんだって伝えたかった。
「どうしたらリカちゃんは俺を好きになってくれるんだよ」
絞り出した俺の声に、桃ちゃんが返す。
「リカがそう言ったの?生徒だからダメって?」
小さく頷くと、握りしめていた俺の手を桃ちゃんがギュっと握ってくれた。
「ウサギちゃん」
桃ちゃんが俺を呼ぶ。ゆっくりと顔を上げれば、いつもの優しい桃ちゃんが真剣な瞳で俺を見つめていた。この人も大人の男なんだなって、改めて思う。
「ウサギちゃん。リカはウサギちゃんのことを好きじゃないって言った?」
「それは……」
生徒にしか見れないと言われた。普通の教師と生徒に戻ろうと言われた。
『好きじゃない』そう言われたかは覚えてない……けれど言われてなかったとしても同じことだ。
だってリカちゃんは、好きだと言った俺を拒絶したんだから。そして、今日は好きとすら言わせてもらえなかった。
俯くと桃ちゃんはそれ以上聞いてこない。
「リカは性格も口も悪いし、ドSだし俺様だし本当にどうしようもないヤツだけど嘘だけは吐かない男よ。ウサギちゃんのことを生徒と思ってる気持ちもある…けれどそれだけじゃない。だから本当のことは言えなくて黙るしかないの」
桃ちゃんが言ってくれることは、俺には難しくてわからない。
嘘を吐かないならリカちゃんは俺を本当に好きじゃなくて、ただの生徒と思っている。……けど言えない本当のこともある。
どっちが正しくて、桃ちゃんが何が言いたいのか。俺にはさっぱりわからなかった。
「それどういう意味?」
訊ねると、桃ちゃんは首を振ってしまう。
「これ以上はあたしからは言えない。でもね、1つだけ教えてあげる。リカはああ見えて一途で健気なのよ、それだけは信じてあげて」
「リカちゃんが一途、それこそ嘘だ」
「嘘なんかじゃない。本当のリカはわかりやすくて、今は必死に格好つけてるだけなのよ。そのうち止められなくなるのは丸わかりなのにね」
歩と同じことを言う桃ちゃん。少しだけ柔らんだ雰囲気に、知らない間に込めていた力が抜ける。
一定のリズムで背中をトントン、と叩かれ、控えめな声で俺を落ち着かせてくれる。懐かしいような、くすぐったいような……なんとなく星兄ちゃんを思い出した。
俺が眠れないときは、こうやって寝るまで傍にいてくれた思い出。リカちゃんと過ごすようになって、思い出すことの無かったそれが頭に浮かぶ。
「大丈夫。ウサギちゃんは悪くないわ。少し休んで、また笑った顔を見せてちょうだい」
その優しい手の温もりと声がまた涙を誘う。
「桃ちゃん、それ星兄ちゃんも言ってた。やっぱり友達、だから似る……のかな」
重たくなっていく瞼の向こうで、桃ちゃんが悲しそうに笑う。星兄ちゃんの話は、桃ちゃんの前でアウト……なのかもしれない、そんな事を思いながら俺は微睡の中に落ちていく。
「ごめんね」
桃ちゃんが謝る理由がわからなくて、聞こうとしたけど頭が働かない。
暖かい何かが身体に掛けられ、最後にまた「リカを信じてね」と囁かれた。
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