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第57話
「慧が俺に惹かれていってるのなんてわかってた。それが嬉しくて、次を求めだして、気付いたらもう止められなくなって逃げるしか出来なかった」
「ちゃんと話せばウサギちゃんならわかってくれるだろ」
桃がここまで強く言って出るのは、それだけ俺と慧を心配してくれてるからだとわかっている。それでも踏み出せない俺はとても弱い。
抱えている秘密が大きすぎて真実を言うのが怖くて仕方ない。
「考えてもみろよ。俺を好きだって言う目が、一瞬にして俺を嫌悪の対象に変えるのを。俺の名前を呼んでた唇が俺を拒んで……そんなの絶対に耐えられない」
「リカ……」
「俺は慧に見捨てられるのが怖い。全てを知った後、見放されるのが怖いんだよ」
あの目で、あの声で、お前なんて消えてしまえと言われたら俺はどうなるか想像がつかない。
俺にだけ見せる慧の穏やかな顔や、拗ねた時の幼い仕草が好きだ。
照れ混じりに強がるところは可愛いと思うし、本当は寂しいのに言葉にできない不器用なところは愛おしい。
どんな時だって1分1秒が大切で、このまま時間が止まればいいのにと願わなかった日はない。
何も気づかないまま、何も知らない慧を願いつつも一緒に居ればいるほど罪悪感は募る。
慧の顔に星一がチラついて、それを打ち消す為に強引にキスをしたり。話を変える為に悪戯をして、そんな自分が嫌いでごまかす為に慧を抱く。
慧と一緒にいることは、俺にとって薬と毒を同時に摂取するようなものだった。
弱々しい自分が露呈して止められない。
「俺は慧に拒絶されたら生きていけない。今度こそ全部終わってしまう」
それならば嫌われる前に離れたらいい。憎悪の目で見られるよりも、その方がいい。見放されるよりずっといい。
好きになってもらうこと、嫌われないこと……その2つを天秤にかけた時、俺は『嫌われない』を選んだ。臆病だと言われようと、それでいいと結論付けた。
「これが俺の導き出した答え。最後まで身勝手な独りよがりでしかないことはわかっていても、もうどうしようもない」
「リカは……今度はウサギちゃんを引きずるつもりなのか?」
桃の問いかけに、それはそれで幸せなんじゃないかとも思えた。
「ああ。もう何も要らない」
そう答えると、桃はきつく瞼を瞑り首を振る。
触れて、キスをして、1つになって。初めは固く閉ざされていた慧の心が開いていく。
俺だけに見せる表情や、不器用に甘えてくるところにどんどん溺れていく自分に気づいた。
この関係に安心を感じ、徐々に俺に染まっていく慧に言いようのない満足と、それと同時に失う怖さを知った。人に嫌われることを恐れるなんて初めてだった。
「本当にもう何も要らないんだよ。それぐらい俺にとっては特別な時間を過ごせた」
言い聞かせるように言うと、桃は「違う」と否定する。
「ウサギちゃんはリカが思ってるより強くて弱い。リカを必要としてんのはわかるんだろ?」
「それでも、俺じゃ駄目だから」
「お前じゃ駄目なんかじゃない。お前じゃなきゃ駄目だって」
「……それが駄目なんだよ」
必要とされているのはわかっている。慧にとって、自分が特別な存在だということも痛い程わかっている。
それは依存に近い。俺と慧はどこか似ていて、少し違う。だからこそ俺と慧はお互いに惹かれあったんだと思う。
奪った者と奪われた者が惹かれ合うなんて安いドラマのシナリオみたいだ。けれど、それが現実となった時…残酷すぎるほど重く圧しかかってくる。
出来ればこのまま、思い出に変えていってほしい。卒業する頃には気持ちは風化して、俺のことなんか元担任とだけ思ってくれればいい。
数年後、同窓会か何かで会えるかもしれない……そんな事を考えて、つい口元が緩んだ。それを見た桃がハッと鼻で笑う。
「リカはこんな時でも笑えるんだな。本当、お前だけは何考えてんのか昔からわからない」
「そうか?俺が考えることなんて限られるけど」
今思うのは1人のことだけだ。
壁一枚隔てた先で何をしているんだろうか。
夕飯はまたカップ麺に戻っていないか、ちゃんと眠れているのか。
寒がりなくせに寝相が悪いお前は風邪をひいていないだろうか。
最近、朝の冷え込みが厳しくて暖めてやりたいと思う。
ココアを飲んでいる彼を後ろから抱きしめて、文句を言われながらも離さず閉じ込めたい。
『おはよう』と笑いあいたい。
『おやすみ』と囁いて触れ合って眠りたい。
どんな時も考えるのは君のことばかりだ。
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