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第68話

墓前に立ち、リカちゃんがタバコに火を点けてから深く吸い込む。紫煙が上がるそれを墓石に置き、手を合わせた。 「……このタバコ。星一が俺に教えてくれたんだよ。あいつ優等生のくせによく屋上で一服してた」 「星兄ちゃんがタバコ…って初めて聞いたんだけど。そんなの見たことない」 俺の知ってる星兄ちゃんは、タバコなんて吸わない。そう言うとリカちゃんは薄く笑っただけだった。 それからリカちゃんは新しいタバコに火を点け、今度は自分が吸う。 細く吐き出した煙が空へと昇っていく。 「…10年振りだな。やっと、やっとお前に会いに来れた」 「やっと?」 俺の問いかけに、リカちゃんは今度も黙ったまま微かに笑うだけで答えてくれない。 それを不思議に思うけれど聞けないのは、リカちゃんの雰囲気がいつもと少し違うから。 なんとなく…俺はあまり喋らない方がいいのかもしれない、そう思った。 それは当たっていたらしく、リカちゃんは星兄ちゃんを見つめる。 「こうやってお前とタバコ吸ってくだらない話するの嫌いじゃなかったよ」 懐かしむようなリカちゃんのセリフは震え、その瞳が切なく揺れる。 星兄ちゃんを失って悲しかったのは俺だけじゃない。リカちゃんもきっと悲しくて寂しかったんだろう。 あまりにも悲しそうなリカちゃんに胸が痛む。 黙ったままリカちゃんを眺めていると、その目が俺を映した。 「ほら、お前の大好きな慧だよ。今は俺の生徒なんだ。お前と違ってバカだけど…生意気なのは似てるかな」 俺を見るその目は儚く、それでいて優しい。今のリカちゃんは星兄ちゃんと話をしてるみたいだ。久しぶりの友人との会話にしては、よそよそしいけれど…その理由を俺は知らない。 そして教えてくれ、なんて言えない。 だって俺とリカちゃんは、ただの生徒と先生だから。改めて感じる壁が高く思えた。 タバコを消したリカちゃんが、星兄ちゃんの墓を撫でて言う。 「星一。俺、今英語の先生してるんだ。驚くだろ?日本から出るつもりないから英語なんて必要ないって言ってた俺が先生なんて」 一方的に話すリカちゃんが、なんだか苦しそうで、俺は何て言えばいいかわからない。 「お前の夢、叶えてやれたかな。まだお前の母親は見つけてないけど…きっと見つけるから待ってろよ」 勉強を教えて貰ったあの日、なんで英語の先生になったか聞いた俺に「忘れた」って言ったリカちゃん。 これが、理由だったんだ。 リカちゃんが英語の先生になったのは、星兄ちゃんの夢を叶える為だった。 急にリカちゃんが俺を見る。伸ばしていた手を、咄嗟に隠した俺は正面から向き合う。 「慧。お前の母親も英語の教師だって知ってた?だから星一は教師になりたいって言ってた」 「知らない」 「やっぱり。格好付けのあいつらしいな」 知らない。俺は何も知らない。星兄ちゃんの事も母さんの事も、リカちゃんの事も知らないままだ。 その俺に、リカちゃんはゆっくりと話し出す。 「あの事故の日、星一が俺に言ったんだよ。後は頼むって。だから俺はあいつが大切にしていたお前を守らないといけない」 「星兄ちゃんが…俺を?」 「それなのに気づけば目で追ってた。退屈そうなその顔を笑顔で一杯にしてやりたいと思った。お前の担任になった時も、隣に住んでるって知った時も…これは運命だと思ったんだよ。  星一が俺に最後のチャンスをくれたって」 リカちゃんの言葉を受け止めた胸が苦しい。心臓がドクドクと脈打つ。 俺を見るリカちゃんの瞳は、逃げずにこちらを射る。それが少しだけ細まった。 「どんどんお前にハマっていく自分がいた。俺しか見えなくなってほしかった。まさか本当にそうなるとは思わなかったけど…」 「…仕方ないだろ。好きになったんだから」 「10歳も年上の担任を?」 「その10歳も年下の生徒に手を出したの誰だよ」 「それもそうだな」 リカちゃんが笑う。微笑んだままで、そっと俺に手を伸ばした。けれどその手は俺に触れることはなく宙で止めてしまう。 「これからする話を聞いて、お前は俺を許さないと思う。嫌いになって憎むかもしれない。それでも…聞いてほしい」 俯いたリカちゃんの表情は見えない。宙で止まっていた手で額を押さえながら、ゆっくりと顔を上げる。 閉じられた瞼が開き、現れた黒の双眸が歪んだ。 「星一が死んだのは俺の所為なんだ」 周りの木々がザァッと揺れる。 「お前の大切な兄貴を奪ったのは俺だ」 リカちゃんの声が頭に響いた。

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