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第70話

* 「あの時、死ぬべきだったのは俺なんだ。俺はお前から兄貴と幸せを奪った…。お前を1人にしたのは俺なんだよ」 そう言ったリカちゃんは俺を見ない。組まれた手は白くなるほどにキツく、固く握り締められている。 「お前が俺を見るたびに、その目がいつか俺を蔑むんじゃないかと思った。俺の手を握ってくれるお前の手が、俺を突き放す日が来る。それが怖くて怖くて仕方なかった」 いつも余裕で、俺よりも大人で、意地悪で俺をからかってばかりだったリカちゃん。それが今、目の前で俺に嫌われたくないと…捨てないでくれと震えている。 リカちゃんは俺の返事を待たずに、言葉を重ねていく。 「いっそ目の前から消えろと言ってほしい。もう顔も見たくないって、お前にそう言われれば俺はすぐにでも消える」 「な、んで?なんで?」 ようやく出た俺の言葉は掠れ、リカちゃんには届かないかと思った。でもそれは、なんとか届いたらしく、リカちゃんは緩く首を振る。 「俺はお前に許されたいんじゃない。責められたい。あの事故の後、誰も俺を責めなかった。お前の家族も豊も、桃も…周りは誰1人として俺を責めなかった……それが1番辛かった」 自分を責めて、自分で自分が許せないリカちゃんが目の前で震える。 みんなが許したとしても、リカちゃんは満足できないんだろう。 こんなにも優しくて、こんなにも自分に厳しくて、こんなにも悲しい人を俺は知らない。 どうしたらいいかわからず、何も言葉が出てこなくて息が苦しくなる。 俺は星兄ちゃんが好きだ。父さんよりも母さんよりも好きだ。 ずっと星兄ちゃん以上に好きな人はできないと思っていた。 友達も含めて、星兄ちゃんは俺の中で1番だった。 『だった』 片手で目元を隠したリカちゃんが俺を呼ぶ。 「慧…俺を許さないで。お前なんて嫌いだと言って」 そうやって、また1人になろうとする。 全部自分の所為にして、全部自分で抱え込もうとする。 俺がリカちゃんに好きだと告げた時も、本当のことは言わないで自分の中に閉じ込めて。 そして今回も俺の気持ちを聞く前に閉ざしてしまう。 リカちゃんが、いつもどこか遠く感じていたのは、俺と一定の距離をとるからだ。近くにいるようで、絶対に近づかせないようにしていたから。 初めて見るリカちゃんの本当の姿に、この人を救えるのは俺しかいないと思った。 「リカちゃん」 呼ぶと、俯いていたリカちゃんの顔が上がり俺を見る。その表情は困惑し、切なく眉を寄せた顔。 今すぐにでも手を伸ばしたくなるった俺は、考える間もなくリカちゃんの頬を包んだ。 俺に触られたリカちゃんが、肩を震わせる。 こいつは本気で俺が嫌うと思ってるんだろうか?それなら正真正銘のバカだ。 そんなバカには正直に言ってやらなきゃ、と俺は真正面からリカちゃんを見る。 そして一言。 「ありがとう」 もう一度…今度は笑顔で告げる。 「リカちゃん、ありがとう」 「……慧?」 どうして俺からその言葉が出たのか、戸惑うリカちゃんに思わず俺は笑ってしまった。 本当に、本当にバカじゃねぇのって呆れる。だから俺は、わかりやすく教えてやる。 「ずっと思っててくれて、ありがとう。 星兄ちゃんを忘れないでくれて、ありがとう。 いつも近くにいてくれて、ありがとう。 俺を守ってくれて、ありがとう。 誰かを好きになる幸せを教えてくれて、ありがとう。 リカちゃんと出会えてよかった。 リカちゃんを好きになってよかった」 俺から顔をそらしたリカちゃんは消えそうな声で呟く。 「…俺にはお前に触れる資格なんて無い」 それは、まるで自分自身に言い聞かせているみたいだった。 「それなら俺が触る。リカちゃんが鬱陶しくて嫌がっても傍に居続ける。こんなに夢中にさせた責任とれよ」 届いてほしくて必死になる。 こんなにも俺がリカちゃんを好きだってこと。 離れることを思うと、息も出来なくなるほど溺れてるってことをわかってほしい。 リカちゃんが過去の事で罪を感じるのなら、俺が半分引き受けてあげる。辛いと…苦しいと思うのなら、それ以上に楽しくて幸せな時間をあげるから。だから…俺を選んでほしい。 まだ子供で素直じゃなくて、生意気でワガママだけれど、誰よりもリカちゃんのことを思ってる自信ならあるから。 どうか俺を選んでほしい。 その気持ちを込めてリカちゃんに手を伸ばす。

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