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第3話

 リュカに拾われたのは、たぶん10歳になるかならないかくらいだったとユグは記憶している。  ユグの父親は商人だった。派手に商売の手を広げていて、外国の品にも明るく、度々妻や息子を伴って外遊がてら諸国をめぐっては珍しい品を買い付けていた。その何度目かの船旅で、嵐に遭った。母と共に船を投げ出されたユグは、――本来あり得ないことだが――どうやってかリュカのいるこの島に打ち上げられたらしい。死に際の母と、リュカがどのような契約をしたかはわからない。とにかく、その契約に従って、リュカはユグを15歳になるまで育ててくれた。  朝日が昇って幾ばくも経っていないだろう。自然と目を覚ましたユグは、どうしてもう朝になっているのだろうと首を傾げた。ぼんやりした頭で少し記憶を辿って、昨日はラジョを山に連れて行って、風呂に入るとすぐ、夕食も食べずに眠ってしまったのだと思い出した。過酷な旅を何か月も続けたのだ。暖かいお湯にゆっくりとつかれたのは久しぶりだった。  かつて使っていた自分の部屋は、掃除こそされているが全て当時のままになっていた。リュカは、あんなに人との交流を拒絶するくせに、本当はとても寂しがり屋なのだ。 「それにしてもなあ……今じゃ俺の方が大きいんだもんな」  昨日見たリュカの華奢な肢体を思い出して、ユグは心臓がぎゅっと痛くなるのを感じた。少女のように肩口で切りそろえられた艶のある髪からは、近づくと微かに花の香りがした。白く長い首と、そこから続く鎖骨へのラインが妙に艶めかしく見えて、困った。8年間には毎日見ていた姿のはずなのに、ちょっと自分が成長したからと言って、これはあまりにも即物的だろう。きっと勘違いしているのだ。彼は男性で、大切な家族なのだから。――ただ、これまで外の世界で出会ってきたどんな人間よりも、リュカは好ましい容姿をしている。それだけは否定できないのが辛いところだった。 *** 「それじゃあ、面倒な話ってのを、そろそろしてもらおうかな」  朝食を食べ終わったところで、リュカがついに切り出した。穏やかな表情だ。ユグは意を決して、自分が何か月もかけて旅をしてきた訳を話し始めた。 「俺が今住んでいる国の王様にさ……ばれちゃったんだよね。俺がリュカに育てられたってこと。リュカがそんなに有名人だなんて知らなかった俺がうかつだったんだけど。とにかくその王様にね、リュカにこれを渡してほしいって頼まれたんだ」  上等な羊皮紙でできた封筒を差し出すと、リュカは「ああ」と胡乱な目でそれを受け取った。 「ペテシア王家か。あまりいい思い出がないな」 「あれ?知ってるの?」  ユグが意外だという声色でそう言うと、リュカは不機嫌そうに眉を上げた。 「そりゃあねえ。わたしだって、母上がご健在なうちは色々と見て回ったさ。この国は、観光大国だけれど自国の資源が乏しいから、上の方の人間になればなるほど、なんていうかな。色々と腹黒い。――最も、何百年も前の話だけれど」 「大体合ってるよ、それ」 「笑いごとじゃないだろう。心臓まで取られて。どういう縁かは知らないけれど、ちょっかいは出しすぎるものじゃない」  そこまでバレているのか。いつからだ、と聞けば、そんなもの最初からだとさらりと答えが返ってきて、ユグはいたたまれなくなってしまった。本当に、リュカは身内に甘い。 「ユグをペテシアに連れて帰ったら、俺の心臓は返してもらえるらしいんだけど。一年で戻らなかったらちょっと、まずいことになるみたい。――……一応、聞くけど。ここを出る気はない?」 「ないね」

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