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第4話
予想通りの答えだ。リュカは手紙を読み終えると、その場で炎を喚び出して塵も残さずに燃やし尽くしてしまった。
「なんて書いてあったの?」
「パーティーのお誘いだよ。まずは繋がりを持っておきたいってことだろう。他国への牽制にはこれ以上ない材料だもの。――そんなくだらないもののために、わたしのユグを脅すなんて、業腹じゃないか。自分たちの魔術に相当な自信があるようだけれど……どれ、採点してやるか」
やれやれと首を振って、リュカは上着を脱ぐようにと言った。素直に素肌をさらしたユグの胸には、複雑な紋が刻まれている。鼓動するように暗く明滅するそれは禍々しく、僅かに熱を孕んでいた。
紋を見つめたまま黙ってしまったリュカに、ユグは恐る恐る声をかけた。彼の眉間の皺が深くなっていることが、事態が思っていたよりも深刻であることを示していた。
「まずいな。魔術じゃない。これは魔法だよ」
「魔法って、リュカだけしか使えないんじゃないの?」
もちろん、とリュカは頷いた。
「これは魔法具。母上の置き土産だね。魔力のある人間なら、扱いはそう難しくはない。――昔、母上と仲の悪い魔女がいてさ。人間を使って代理戦争をさせていたんだ。そのときに色々魔法具を作って相手陣営に嫌がらせをしていたって聞いたことはあったけれど……まだ残っていたとは。これ、シンプルですごくいい魔法だね」
「感心しないで。そうだとすると、俺が死ぬのは確定になっちゃうんだけど」
「それは困る。ちょっと考えるから、黙って」
うーんと唸ったきり、動かなくなってしまったリュカを前に、ユグは一応の覚悟だけは決めておくことにした。今の世の中、寿命で死ぬよりも事故や病気で死ぬことの方がよっぽど多い。少し特殊だが、これもまあ、その範囲に収まるだろう。毎日が充実しているし、心残りだったリュカとの再会も済ませた。ユグとしては、まずまずの人生だと言い切ることができる。
ユグがそこまで考えているうちに、彼の身体を撫でまわし、いくつかの魔法を試し終えたリュカは、珍しく歯切れの悪い口調で「方法がないこともない」と言った。
「それはよかった。死んでも支障がないと言えばないけれど、できればもうちょっと長生きしたいから。それで、どんな方法?」
「根本的な解決は今のわたしでは無理だ。千年生きた魔女の魔法と対抗することはできない。だからこれは、ちょっとした猫だましというか、裏技のようなもので――つまり、リュカの心臓をもうひとつ作ればいい」
ユグは頷いた。もっともな解決方法だった。魔法で起こせる奇跡の範囲についてはよくわからないが、リュカができると言うのならば、できるのだろう。
「都合のいい死にたての人間なんていないから、誰かから心臓をもらうっていうやり方はできない。何かを媒体にして、新しく心臓をつくることもできなくはないけれど、わたしは人体の構造なんて知らないから、これもやめておいた方がいいだろう。だから、選択肢はたったひとつだけ。――わたしの身体とユグの身体が、同じものだって世界に誤認させるんだ。……だけど、これもリスクが大きい」
「俺が、魔女になるってこと?」
それに近い、とリュカは言った。
「実際に魔法を使えるようになるかはわからないけれど。少なくとも、……人の時間の外で生きることになるだろう」
強張ったリュカの表情の中に潜む微かな哀願に気づいたユグは、やはりそうなのだ、と胸が締め付けられるような愛しさを感じた。そうして、これが自分が彼に出会ったことで生まれた変化なのだとしたら、できうる限りのことをしてやるべきだと、自分の中の一番奥の方が、確信を持って叫んだ。
「なんだ、そんなこと」
ユグがあまりにも軽々しく言うので、リュカは慌てて「よく考えろ」と言い募った。
「俺は冷静だよ。ずっと頭の片隅では思ってた。俺はどうやったって、リュカより先に死ぬ。だから、できる限り会わないのがお互いのためだって。……だけどね、こういう機会があるなら、俺は喜んで乗りたい。俺の執着なんて、きっとリュカだけなんだと思うから」
「また、お前は、そういう」
リュカは頬を熟れた林檎のように染めて、しばらく意味のある言葉を紡ごうと必死になっていた。ようやく声に出せたのは「きみは馬鹿だ」というか細い声で、それを受け取ったユグは「そうだとは思う」と真面目な顔で頷いた。
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