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第3話
見回り当番で疲れたのか、ハリルは早々に寝てしまった。隣のベッドから寝息が聞こえる。
部屋の蝋燭がゆらゆらと揺らめく。その灯りを頼りに本を読んでいたのだが。
いつの間に眠りに落ちたのか、スパークルはうとうとと眠りの中にいた。
誰かがベッドによじ登り、布団をめくりあげて潜り込んでくる。
「……先輩?」
誰だかはっきりとしないのに、アシュレイの気配だと感じた。覚醒しそうなのに、意識はまだ眠りの中にいて、自分が起きているのか微睡みの中にいるのかわからないまま。
えっ?
アシュレイの温かい身体の温もりを感じたと思ったら、顔を上向かされてキスされた。
スパークルははっとして目を見開く。裸のアシュレイが見下ろしていた。
彼がゆっくりと唇を舐める。見つめるスパークルが、思わずゾクリと来るくらいに艶かしく、妖艶だった。
身体が硬直したように動かない。唇だけでなく首筋にもキスされる。パジャマのボタンをひとつふたつと外され、露にされた鎖骨、胸へ。淡く色づいた胸の突起を唇に含まれる。
「っ……はぁ……っ」
舐められたり、甘噛みされるだけで、電流のようなものが走り、スパークルはびくびくっと身体を震わせた。それが快感だと知るのに暫しの時間を要した。
もう一度唇に口づけされる。唇を舐められ舌が潜りこんできた。舌を絡めとられて吸い上げられる。その濃密さに思考がついていかない。
その間に、アシュレイの手は股間へと伸びていた。何度かまさぐられたと思ったら、ズボンから下着へと潜りこんでくる。
すでに熱くなりはじめたモノを直に握られ、しごかれる。一気に股間の昂りが増した。
「あっ……先輩っ……せんぱい……っ?」
何かがおかしい。頭のどこかで警鐘が鳴っている。アシュレイは先ほどから一言も発さない。その不自然さに気づきながら、スパークルは目先の快楽に翻弄される。敏感なところを執拗に攻められてひとたまりもなかった。
「やだっ……待っ……」
このままじゃ……出ちゃう……。
抑えきれない。
「アッ……」
小さい叫び声をあげて、スパークルはアシュレイの手の中に、白い精液を吐き出した。快感が閃光のように突き抜けていった。身体中の力が抜け、自分の荒い息づかいだけが聞こえる。
手のひらに吐き出した白濁を、味わうようにアシュレイが舐めとる。その様を、スパークルは、どこか現実味のない、夢見心地のなかで見上げた。その時だった。
「そこまでだ!!」
聞き覚えのある声にはっとする。
ドアを開け放ち、部屋の入り口にアシュレイが立っていた。
「先輩!?」
今自分の上にいる人物と、入り口に立っている人物。アシュレイが二人いる。
「スパークルから離れろ。これ以上は好きにさせない」
アシュレイの声は、激しい怒りを孕んでいた。
手にした杖の先が蒼白く発光する。
偽者のアシュレイがベッドから素早く飛び降りた。
「魔よ、去れ!」
空を切り裂くように放たれた退魔魔法は、その者の肩を微かに掠めた。
「ギャッ」
悲鳴が上がる。 一瞬だけ、先の尖った羽のある醜いバケモノの姿を見た気がするが、すぐにそれは蝙蝠へと姿を変える。ひらりと空中で身を翻したかと思うと、アシュレイの顔のすぐ側をすり抜けて、ドアから出て行ってしまった。
「クソッ、逃がした!」
アシュレイが追いかけようとした直後、ドアの向こうで蒼白い閃光が走った。
スパークルが半身を起こすと、ディアマンが蝙蝠をぷらんと指先につまみ上げて、部屋の中に入ってくる所だった。
「助かった。ありがとう」
ディアマンに短く礼を言い、アシュレイはスパークルに駆け寄ってくる。
自分のマントを取ると、スパークルにかけてくれた。
「怖かっただろ?もう大丈夫だ」
アシュレイに優しく声をかけられて、はじめて緊張の糸がとけた。と同時に、ものすごい羞恥に襲われる。スパークルはいたたまれなくなった。
「インキュバスか?」
「ああ」
アシュレイの問いに、ディアマンは頷きながら、魔法で退魔封じの瓶を生成すると、捕まえた蝙蝠をさっさと閉じ込めてしまった。
「低級悪魔の一種で、一般的にはそう珍しくもないが、学校に入り込んで生徒に悪さをしたとあっちゃ面倒だ」
ディアマンがスパークルに目を向ける。野性の獣を思わせるディアマンの目と目があって、スパークルはビクッと身をすくめる。
「先生たちに報告しないとだが……」
報告と聞いてスパークルは身体を強ばらせる。ディアマンはどこからどこまでを報告するのだろう?
「事が事だけに、そのまま全部話すわけにもいかないな」
「そうだね。報告は大事だけど、事を大きくしたくない」
アシュレイの表情もいつになく硬く見えた。自分の姿をしたバケモノが、スパークルを襲っていたのだ。平静を装おっているものの、内心はかなりの憤りや動揺があるんじゃないだろうか?とスパークルは思った。
身体には、まだ先程の生々しい感触が残っている。思わずマントの端を引き寄せて、ぎゅっと握りしめた。
「先生たちには俺から上手く報告しとく。で、そこで寝たフリしてるヤツ」
ディアマンが、視線を隣のベッド移して呼びかける。
布団の丸みがビクッと動いた。
ディアマンが大股でハリルのベッドに近づいて布団を剥ぎ取った。ハリルは観念したようにベッドの上に起き上がる。
「俺は何も見てません、聞いてません!これでいいだろ?」
噛みつくように言って、ディアマンを睨みつける。
「良くできました。いつになく物わかりがいいじゃないか」
「いつになくは余計だろ?」
ハリルが隣で寝ていたことを、スパークルはすっかり忘れていた。ハリルはどこまで知っているんだろう?
不安そうなスパークルに気づいてか、ハリルがこっちを見た。
「俺、アシュレイ先輩の声で目が覚めた。だから、本当に何も知らないんだ。誰にも言わないから安心しろよ」
ハリルの言葉にスパークルはほっとする。
何だかんだでハリルはいい奴なのだ。
「ありがとう」
話がまとまった所で、アシュレイがスパークルに優しく声をかけた。
「スパークル、今夜は僕の部屋においで。まだ、他にも何か入り込んでいるかもしれないから」
「はい」
「ハリル、君はディアマンの部屋に泊めてもらうといい」
「え~っ!?」
無慈悲なアシュレイの提案に、ハリルが情けない声をあげた。ハリルは本気で嫌そうだったが、話は決定みたいで覆らないようだった。
簡単に荷物をまとめて、スパークルはアシュレイの後をついて行く。部屋に案内される途中も、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。
「入って」
案内された部屋は、スパークルたちの部屋とは比べ物にならないくらい広かった。
教師育成クラスの生徒には、キッチンやトイレまである立派な一人部屋が与えられると聞いたことがある。
ちょっとした靴を脱ぐスペースもあり、スパークルはブーツを脱いで上がる。
「荷物はそっちに置いて。シャワーがあるから使うといい。そのままじゃ気持ち悪いだろ?」
アシュレイに言われるままに動く。スパークルをシャワールームに案内して、バスタオルなどを手早く用意すると、アシュレイは出ていってしまった。
一人になると、再び激しい動揺が襲ってきた。
脱衣所には洗面台もあって、鏡が付いていた。思わずその鏡に目を向けて、スパークルは自分の姿を見たことを後悔する。
首から胸へとかけて、紅く鬱血した斑点のようなものが点々と散らばっていた。
インキュバスというバケモノがつけていったものだということはすぐにわかった。
今さらながら、夢だったら良かったのにと思う。のろのろと服を脱いで、スパークルは暗い気持ちでシャワー室へ入った。
長めのシャワーから戻って来ると、アシュレイがホットミルクを用意して待っていた。
テーブルに着いてコップを手に取る。温かさが手のひらにじんわりと広がって、少し落ち着いた。
アシュレイが向かいから少し身を乗り出して、スパークルの首に手を伸ばす。パジャマの襟では隠しきれなかったキスマークが少しだけのぞいていた。触られるのかと思い、スパークルは思わず身構える。
「ごめん。触ったりしない。消すだけだ」
アシュレイが首元に手をかざす。手のひらからふわりとオーラが広がった。治癒魔法は温かく優しかった。
「……ありがとうございます」
それだけ言って、こぼれ落ちる涙を隠すように、スパークルは下を向いていた。
アシュレイは黙ったまま、何も言わなかった。
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