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第16話

――ザー。 「…ケホッコホッ、ハァ」 アキラは咳とともに薄い血を吐きすてて、洗面所の鏡に映る自分の顔を見てぽつりと言う。 「…ひっでー顔、サイアクだな…」 断続的な筋肉の収縮発作で内臓出血を起こすのはあたり前…。 (ちょっと酒やりすぎただけでコレだもんな…あまり先の事は考えたくないな…) 血臭い口の中を水でうがいして、顔を洗うアキラ。 「あー…頭痛てぇ、発作の次は薬の副作用か?ったく、みずきにやつあたりしそうだぜ…」 頭を振って頭痛を振りきろうとするアキラだった。 アキラはフェイスタオルを片手に持って、みずきの居る部屋に戻る。 「おーい、みずき朝メシどうする?ん?また見てんのか…」 ファイルを見ているみずきを見て、何事もなかったように言う。 そして、みずきの横に座って一緒に、ファイルを見る。 「うわーヘタな字、8年も前だとやっぱ違うなぁ…」 アキラは自分の書いた字のヘタさに驚いている。 「これは?」 黒く塗りつぶしてある所を見つけ聞いてみるみずき。 「あぁ、これは、たしかコウジ、弟の悪口書いたんだと思う…」 「悪口…?」 アキラはこくんと頭を軽く下げて答える。 「そ、わかんねーだろうけど、小6ぐらいまでは、すごく仲悪かったんだ、オレたち兄弟。顔合わせばすぐケンカになってた…」 思い出すように言う。 「そうなのか…今は仲がいいんだろう?」 「ハハッ、仲がイイって言うよりか、理解したって方がホントだけどな」 「理解?」 首をかしげるみずき。 「そう、子供の目から見たらヒイキされてる様に見えたんだと、親父は跡とりになるのはコウジって思ってるから、家庭教師や塾に行かせたり。オレはその点、関係なかったからな…」 くすっと笑って、続けてアキラは… 「それでコウジが、『長男なのに、身体が弱いだけでひいきされてる!』ってな、『それなのに僕は兄キを守ってやってるんだ!不公平だ!』って、ホントその通りの事言うから、オレも引き下がれなくてな、よくケンカしてた…まぁ、病気のコト知ったら接し方は変わったけどな」 「そんな事が…でも塗り潰していると言う事は…」 「あぁ、今は何でも遠慮なく言えるダチみたいなモンだな…コウジはどう思ってるかしんねーケド」 少し視線を下げてそう言う。 「弟も、そう思ってるよ」 「ふ、そうだな…あ!メシどうする?オレは昼まで食わねぇ方がいいからさ、でもみずきは仕事あるんだし食べねーと」 「あぁ、今はまだいいよ。おまえこそ、本当に食べなくていいのか?昨日もほとんど食べていないが…」 「うん、オレは平気、元々少食だし少しの間なら栄養剤でもつか…」 話の途中で、急にフェイスタオルを、口にあてて… 「ごめっッ…ケホッコホッ、カホッ…」 短く謝り顔を横へ向けて2、3回ほどかすれた咳をする。 「大丈夫か?」 みずきは、苦しそうなアキラを見て、かなり心配して背をさすりながら声をかける。 それがなぜか気にさわりアキラは…。 「大丈夫だってッ、咳くらいじゃ死なねぇからいちいち心配すんな!重病人みたいで嫌な感じになるだろッ」 咳とともに出た血液をぐいっと拭って、カッとなり怒鳴ってしまう。 「あぁ、すまない…」 みずきは、怒らせてしまったかと、アキラから手を離し、すぐにあやまる。 それを聞いてアキラは、重く溜息をつく… 「…はぁ」 完全なやつあたり、自分でもわかるので虚しい。 口の中に残る血の味が不快感を増す…。 タオルを持っていない手で軽く頭を抑えるアキラ。 このにぶく続く、頭の痛みだけでも治まってほしい…そう心で呟いてしまう。 自業自得なのに、自分勝手な人間だなオレは…。 その様子を何も言い出せずに見ているみずき。 (頭が痛いんだろうか…でも違ったら、また怒らせてしまうだろうし…) 二人とも話せない時が過ぎて…。 「……ごめん、オレ、やつあたりした……」 だいぶ考えてアキラが、ポツリと会話をはじめる。 「アキラが謝る事はない…」 みずきも首を振るが…。 「オレ、頭冷やして来るよ…」 薄く笑って頭を横に振り、立ち上がる。 しかし、みずきは何も言わず、アキラの腕をぎゅっと掴む… そして――。 「えっ?わぁッ」 みずきはアキラを抱き、押し倒す様にベッドへ抑えこむ。 突然の事で驚き何も反応出来ないアキラ。 持っていたフェイスタオルが手から離れる。 「…みず、ンッ!?」 名前を呼ぼうと声を出すが、それもみずきの唇で塞がれる。 ディープキスだが、やさしく含むように時が流れ…。 「んンッ…チョッ」 我に返ってアキラは小さく抵抗する。 それを見てすぐその行為を止めるみずきだが…。 「…俺の前で無理して笑ってなくていい、やつあたりならいくらでも聞いてやる。でも、理由を教えてくれ、何がどこがつらいのか、でないと解らない…」 上からアキラを抑えこみ、見つめながらみずきは続けて… 「俺は、何かしてやりたくても、どうすれはいいのか…解らない。だからよけいに、心配になるんだ」 みずきはそれだけ強く言うと、アキラを解放してすぐ横へ仰向けに転ぶ。 腕で顔を隠して、唇を浅く噛む。 「……」 時おりしかみせないみずきの攻撃的な心。 それが本来あるべき心なんだなと思ってしまう。

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