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第51話
「いえ、夕方から仕事があるので…」
「そうですか、大丈夫ですよアキラなら」
そう優しく安心させるように伝える健次。
「はい、でも、もう少し時間があるので居ます」
「そうですか」
みずきの言葉を聞いて、にっこり笑う健次。
「はい」
みずきもつられて微笑む。
「だめですね、時間が空くと、ついここへ足を運んでしまいます。身内だからといって、ヒイキはいけないんですけどね」
不意に話し始める。
「いいと思います、先生が来てくれたらアキラも喜ぶだろうし…」
似てないようで、どことなくアキラに雰囲気が似ている健次に安心して、そう柔らかい表情で、素直に言葉を返すみずき…
「そうだったら嬉しいですね」
……その二人の話声で不意に意識をとり戻したアキラ。
瞳は開けず、声に耳を傾けている。
(健次さんとみずきか…と言うコトは、健次さんのとこに運ばれて入院してんだな…)
「でも、昨日は驚きました、まさかアキラが運ばれてくるとは…」
ゆっくり語りだす健次。
「いつかは…と思っていましたが、本当になると、やはり恐いものです」
「……」
頷くみずき。
そのみずきをみて、やさしく微笑みまた話し出す。
「……、昔の話ですが…私にはね、かわいい一人息子がいたんです」
「いた…?」
言葉の端を取り、聞き返すみずき。
アキラもはじめて聞く話しだった…。
「はい…。実といいました、生きていたら、ハタチになっていますね。アキラの…二つ上でした」
「……」
微笑しつつ話す健次。
みずきは静かに聞いている。
「…実が5才になったばかりの時です。私はその頃、ここの院をはじめたばかりで、あまり家に帰ってやる事が出来ませんでした。実は…いたずら心だったんでしょう。火遊びをして自宅を火事にしてしまったのです」
少し悲しい瞳を映して語る健次。
「…今日のアキラと同じように、実もこの病院に突然運ばれてきました。はじめは意識があったのですが…熱傷がひどく、とても助かる状態ではありませんでした。妻もその時、家にいまして、先に妻の死が伝えられました。実も…時間の問題、そんな状況下で、私はとても焦ってしまい、医師として充分な仕事ができませんでした」
少し悔やむような顔つきで話す健次。
続けて…
「『感情に流されるな』兄には言われましたが…僕は、医者だって人間です、いや、医者だからこそ、患者、その家族の心を察してあげなくてはと思います。この院は、患者数こそ少ないですが、その分心のケアを大切にしているんですよ」
ゆっくり話す健次に、みずきは感心したように話す。
「そんな事が…。凄いと思います」
そう答えると、健次はにっこり笑う。
「長々と話してしまいすみませんでした。昨日の状況が、あまりにも似ていたもので、少し思い出してしまいまして」
苦笑いの健次。
「…あれから、冷静に判断する事は学びました。いくら助けたくても、自分が慌てていては、どうにもなりませんからね」
最後ににっこり笑って話を終える。
「そうですね、信頼できるいい先生だと思います」
みずきも、そう言い返す。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいですよ。…では」
一礼して、病室を出ていく健次。
みずきは、それを確認して一言。
「本当にいい先生だな…」
そっとアキラに語りかける。
アキラもさっきの話を聞いて驚き、なぜか少しの怒りが湧いてくる。
(なぜ、今まで話してくれなかったのか。健次さんが結婚している事さえ知らなかった。オレは、健次さんの理解者にはなれないのかな…。それにたぶんオレは、このままだと、親父の病院に転院させられる…)
頭がズキズキ痛む…。
落ちた時の傷口。
(マヌケだよな…落とした薬拾おうとして、まさか階段から落ちるとは…。バランス感覚が悪すぎ…)
そう瞳を閉じたまま思うアキラ。
(あーぁ、みずき傍にいるんだな…、心配してるだろーな…)
でも…そろそろ、みずきどうするか考えないとな…
入院したら、満足に相手してやれねーし、病院だと距離がありすぎる。
通わすのはみずきに負担かかるから…
(なにか…みずきがオレを諦めてくれる方法、ないかな…)
瞳を閉じたまま…そんなことを思っているアキラ。
「もう、時間だ…アキラ、俺は仕事に行くから、しっかりな、また来るよ」
すっと、点滴のつけた手に触れてアキラ静かに頬にキスするみずき。
そして、名残惜しそうに帰っていく…。
周りに誰もいなくなって、そっと目を開けるアキラ。
静かな病室。
健次がアキラがいつ入院してもいいように確保してある一般病室から少し離れた個室。
体中がまだ痛い、それは自業自得。
あきらめる。
頭を動かすとズキっとひびく。
…フッと、1つの閃きが頭に浮かぶアキラ。
みずきにオレを諦めさせられる方法が…
――記憶喪失。
ちょうど頭打ってるし…
オレの…友達と呼べる人、今までに深く関わった人、BOUSの事、それだけをオレが忘れたふりをすれば、みずきは自分からオレに告白なんか出来ない。
一生伝えられなくてもいいと言っていたくらいだから…
それにBOUSの事を忘れていれば、下手に手も出せない。
……オレが冷たくアシラえば、みずきはきっと離れていく…
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