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第9話 ひと夜

   「これで話を聞かせてもらえるんだな」  俺と話するために七万、何やってるんだ瑞樹。顔を上げると泣きそうな顔をしている。  ベッドをチラリと見た瑞樹は目を逸らし、俺の腕をつかんで立ち上がらせた。  「話をさせてくれないか、頼む」  そしてそのままソファへと移動させられ座らされた。  「何を今更聞きたいの、あの時は他に方法がなかった」  「知ってる。俺、お前の事情は知っているのに、見て見ぬ振りしてたから」  「どう言う事?」  「おばさんが殴られるのも、お前自身が殴られるのも見た事ある。学校休んでたときに見舞いに行って……。誰もいないのかと覗いた窓から見えて、怖くて逃げた。大学生になって家を出たらお前を俺が守れば良いだけなんだと、逃げたんだ」  「……」  別に瑞樹がどうにかできた訳はない、あまりにも無力で幼かった。  「お前がいなくなる前の日、俺は幸せだった。朝目覚めて奏太がいない事に気がつくまでは」  「あの日?何のこと言っていんだか、過去はもう過去。瑞樹にだって解るだろう」  「俺たちもう一度、あの日からやりなおせないか」  「無理だね。一晩買ったんだろ、とっととやる事やって終わりにしないか」  「ここじゃ嫌だ。さっきの人は……その……」  「何?さっきの人がどうかした?」  「いや、何でもない。一晩って言ったよな、明日の朝までってことだな。じゃあ、俺のマンションに来てくれないか」  瑞樹の今住んでいる場所……そんな場所など知りたくない。どこに住んでいるか知ったら断ち切れないかもしれない。  「……駄目か?」  畳み掛けられるように言われると抗えなくなりそうだ。自分のどこかにもう一度と言う未練がある。でも今それに流されたら、必ず後悔する。  「この部屋が嫌なら、部屋を取り直す。待ってて」  フロントに電話して、ダブルの部屋を一部屋おさえた。これで良い、金で買われたと思えば……。  部屋の鍵をフロントで受け取って、移動する。権藤と使用していたジュニアスイートに比べて明らかに小さな部屋。  ダブルベッドが部屋のほとんどを占めている。まるで自分が本当に男娼にでもなった気分だ。まあ、この状況じゃ実際そうなのだろうけれど。  「シャワー浴びて来る、準備あるから先に使わせてもらうから」  そう言うと瑞樹が下を向いた。ため息がでそうだ。本当に自分が身売りして生きているのじゃないかと錯覚する。権藤に買われてから、他の男に抱かれた事は無い。でも、権藤の色だった事は事実。  何も知らなかった高校生の時とは違う。  俺が足踏みしていた五年半。高校を卒業し、大学を卒業して就職した瑞樹は、俺とはもう同じライン上には立っていない。  神様も意地悪だ、何もこんなエンディングを用意してくれなくてもいいのに。  さっきまで縛られていた痕も薄く残っているて、それをシャワーで消せるはずもない。  けれど、どうしようも無い。これが今の俺なんだ。そもそも瑞樹は他の男の痕の残る身体を抱けるのかさえわからない。  身体の準備を済ませてシャワーから出る。手慣れてしまった自分が汚く思えて仕方ない。  このホテルのバスローブ……「トラウマになりそう」そう小声で呟いてしまった。

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