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第12話 金曜日

 落ち着かない、理由は解っている。瑞樹に渡された金がそのままテーブルの上に投げられている。  それに触れる事さえ出来ず、片付ける事もできない。紙幣がテーブルの上で自己主張をしている。  権藤から教えられた株の運用で多少なりとも余裕のある生活ができるようになった今は、母を湯治場へ預けてある。  小さな温泉宿がよほど性に合っているのか。小康状態を保っていて、このままここで働いても良いと最近は言い出している。  独り暮らしだから誰も話す相手は今いない。母とはマメに連絡をとってはいても毎日話をするわけでは無い。仕事は画面の中を覗いて経済の流れを追いかける事。誰とも話すこともない独りの部屋ではテーブルの上の七枚の紙きれの持つ意味も重くなる。    その存在が、いつも瑞樹を思い起こさせるのだ。  「俺……余計な事をした……かな」  自分で開けてはいけない扉の鍵を開けてしまったのだ。時間は巻き戻せない。刻々と時計は刻まれていき、来なければ良いと思っていた金曜日がすぐにやってきてしまった。  今日は行かない、そう自分に言い聞かせていた。テーブルの上の金を見ながら苛々していた。  「瑞樹、俺の事なんて待ってるなよ……頼むから」  声に出して言ってみると、自分が今にも泣き出しそうな事に気がついた。日が落ちると、その苛付きが頂点に来てしまった……俺はどうすれば良いんだろう?  瑞樹は待っている、それだけは間違いない……何時までが金曜日の夜なんだろう。  時計を何度も見る、見たって何も変わらない。自分の呼吸がおかしくなってきているのか解る。  ……駄目だ。行っては駄目だという思いと、行かなきゃ駄目だという思いとが交差する。  「無理だ、今更どうしろって言うんだ」  ため息と共にシャワーを浴びて、着替える。出かけないそう決めた。ベットに向かうと、自分の呼吸が乱れている事に気がついた。  自分自身を落ち着かせるために深呼吸を何度かする。今、行動を起こすともう戻れない。  「瑞樹……」  十二時を回る頃、俺はホテルに向かうタクシーの中にいた。  ホテルに着いたものの。勢いで来てしまったことに後悔している。  「何、してんだ俺」  ロビーのソファーに深く体を落とした。同じ場所に瑞樹がいる、そう思うだけで幸せな気分になった。ここなら眠れそうだ、ソファーに頭を預けて目を閉じた。  「お客様?いかがされました?」  声をかけられて、慌てて立ち上がった。言い訳をしようとした時に、声を後ろからかけられた。  「奏太、遅かったな。部屋番号忘れた?そいつ、俺の連れですから」  「瑞樹……」  「ん?とりあえず部屋へ行こう」  手を掴まれてエレベーターに押し込まれた。ドアが閉まると同時にぎゅっと抱きしめられた。  「来てくれないかと思った、良かった……キスしたいんだけど……駄目か」  「今日は断りにきただけ、帰るから」  そう言いながらも瑞樹の腕さえ振り解けなかった。

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