13 / 30

第13話 前進と後退

 どうしてそうなったのか理解が追い付かなかった。部屋に入ったと思ったら、そのままベッドに押し倒された。  「ちょっと待って、止めて!」  慌てて瑞樹を押しのけようとする。  「断りに来たって言ったろ」  「奏太、一週間お前の事だけを考えてた。今日はもう諦めるしかないのかと思っていたところにお前が来たんだ、断らせはしない。そして、連絡先を教えもらうまで帰さない」  ベッドに押しつけられて、押さ込まれる。逃げられない。力では負けてないはずなのに心が邪魔をしている。  「瑞樹、身体だけだったらあげる、それで終わりにしよう。これで最後に……」  「嫌だ、二度と離さない。頼むから、二度もお前を失うのは嫌だ」  「……退いて」  「いやだ、お前逃げるだろう。何もしない、お前を丸ごともらい受けたいから。来てくれたって事は少しは可能性あるんだよな?」  「だから、断りに来だけだ」  「本当に切りたかったら、今日来ないはずだ」  「断るにも連絡先もわからないから……」  「待っていると、心配してわざわざ来てくれんだよな。可能性はゼロじゃないって事だろう」  もう堂々巡りだ。ため息ひとつついて身体の力を抜いた。  「瑞樹の好きにすれば……諦めつくまで納得するまで。元に戻る事はないけれど」  「……」  「ちょっと退いて。今連絡書くから……これ俺の携帯番号、それと俺のマンションの住所。好きな時に来ればいい」 瑞樹の下から滑り出て、ベッドサイドのメモにペンを走らせた。  「奏太、今かけるから登録して」  「俺は登録はしないから、非通知でかけてくれる?顧客の情報は持ちたくない。俺から連絡する事はないから、次から俺のマンションで」  「あ……そうだ、これ」  瑞樹は銀行の封筒に入った金を差し出した。  「要らない」  「……でも」  「今日は疲れたからここで眠る、それでいいんだろ。何もしないなら金は受け取らない」  瑞樹は俺を抱きしめてベッドに横になった。衣類一つ緩めることなく、そのままの恰好で。ただ抱きしめている。  このままだと俺が眠れない。身体に緊張が走る、変に力が入ってしまい動けない。そっと動くと、目が合う。眠れないのは俺だけじゃないようだ。調子が狂う。  結局、明るくなるまで一睡もできず、疲れて頭が痛くなった。  ……早く帰りたい。のろのろと立ち上がり上着を羽織る。  「送っていく」  瑞樹が立ち上がる、これはまずいパターンだ。  「瑞樹、疲れているから帰らせて……」  「俺が、送っていく」  もうどうでもよくなってくる……疲れた。  「奏太、行こう」  瑞樹に促され部屋を出る。渡した俺のメモを見てタクシーに行き先を告げた。  「きちんと住んでいるとこ確認しないと、また逃しちゃうから」  笑いながらそう言う瑞樹の目は真剣だった。  マンションの入り口で瑞樹が一瞬足を止めて驚いて見上げている。  「ここって……誰が、家賃払ってるの?」  ああ、権藤の愛人と勘違いされたかな。それでも良い。何も答えないでおくと、それ以上は何も聞いてこない。仕事もしないで、男に囲われてると思ったのだろうか。  ……それで良い。  早く俺を捨てて他にちゃんとした人を探せば良いのに。嫌われて終われば、俺もきっと過去の亡霊から解放されるはず。

ともだちにシェアしよう!