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第14話 間違った選択
「何もないんだな……」
権藤はここへは来ないし、母の影もこの部屋には無い。独りで暮らしていくうえで、寝室とリビングだけがあればいい。あとの二部屋はカーテンや照明器具さえつけていない。
ここを買ったのは投資の一環だった。独り暮らしに不似合な広さは、たまたま持っていた物件に引っ越してきたからだ。当時、住んでいたマンションの建て替えで、他を探すのが面倒だった、それだけの事。
「そう?必要最低限はあるよ。少し休みたいから、帰ってくれない。確認したんだから、もういいでしょう」
「奏太……」
瑞樹が後ろから抱きしめてきた。首筋に口づけられ体が粟だった。この部屋で……自分からマンションに連れてきたが、ここでは駄目だ。ここに瑞樹の匂いが、思い出が残るのはこまる。
「瑞樹……客とはホテル以外ではしない」
普段の生活の中に瑞樹の影が残るのは困るのだ。
「もう帰って、疲れてるから。」
「足掻くよ、どこまでも。寝室は……そこ?」
「……」
瑞樹は迷わず正面のドアを開けた。
「奏太、頼むから来て」
いけないと頭では解っているのに、身体が言うことをきかない。そのまま瑞樹の腕の中に抱き込まれてしまった。
「昨日来てくれて、嬉しくて。賭けだったから。二度と会えなかったら……どうしたらいいのかと不安で一週間仕方なかった」
駄目だ、このままでは自分の要らない感情が溢れ出してしまう。
絶対に上手くいかない、そのことが瑞樹にはわからないのだろうか?
夜の生活だけでは人は生活してはいけない。
ずれてしまった価値観、経験値、全てあの時まで巻き戻すことはできないのだから。
今なら引き返せる。捨てた名前と捨てた過去と決別できる。もしもう一度、瑞樹との日々に浸ってしまったら、そこからの別れには耐えられない。そのことだけは間違いない。
瑞樹は今までの飢えを満たせば現実が見えてくる。いかに二人が違ってしまったかを。
……本当は俺が不要だと気づくのもその時。
心を明け渡さず、身体だけの関係で終わらせたい。
「契約だから、口づけだけは駄目。名前もリュウだから」
「……最初の条件は呑もう、けれどお前は奏太以外の何者でもないんだ。他の誰でもない、返事してくれなくてもいい、足掻くって言ったろ」
瑞樹は昨日俺が受け取らなかった七万をテーブルに置いた。
そうだ、俺は金で買われたんだ、それだけの事。恋人じゃない。
俺は……何を勘違いしてたのだろう。
「準備してくる、寝室に居て」
「一緒にいく」
「は、冗談でしょう。すぐ戻るから」
「離れない」
そうだった高校の時からそうだ。瑞樹は言い出したら譲らない。いつも俺の予想の上をいくやつだった。
「金で買ったんだろ。楽しんでそれだけで帰れよ、頼むから」
「金で時間を買ったんなら、その間は俺の好きにさせてもらう」
これ以上は無理だ、心ごと持っていかれそう。
自分は商品だと自覚しなくてはいけない、権藤に以前もらった錠剤を手に取った。ちょっとした媚薬の一種だという。これで快楽だけに溺れれば、きっと心は救われる。
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