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第15話 喪失

   「それ、何?」  「……仕事の道具」  そう言って錠剤を口に含もうとすると、瑞樹が俺の手からその粒を払いおとした。  「何で……こんな」  「金で買ったんなら楽しまなきゃ損だろ、楽しませてやろうと思っただけだ」  「嫌だ、駄目だ。そんな仕事……辞めろよ!この前の…あの男は……」  ああ、いつか持ち出されるとは思ってた。  そうだよ瑞樹、そう言う事。  ……気づけよ。  お前、俺の事汚いとどこかで思ってるんだよ。  でも、これでようやく覚悟ができた。  「何が?他のお客様の事は答えられない」  「……本当にこれがお前の仕事……なのか?」  「もう昔の俺じゃない、いいかげん理解しろよ。お前があの頃の俺に会いたいのなら、もう会わない方が良い」  「奏太、今日は帰る……悪い」  テーブルに置かれた七万を瑞樹に押し付ける。  「これは要らない」  「そうしたら…お前は他の男と……」  「その事は瑞樹には関係ない。とりあえず、サラリーマンが簡単に出せる金額じゃないだろ。要らないものは要らない」  「俺……どうしたら良いんだ…」  瑞樹を傷つける気はないけれど、現実を見て欲しい。五年前の俺はもういないという事を。    瑞樹が出て行った途端に腰が抜けた。へなへなと座り込んで立てなくなった……みっともない。  夢見ても仕方ない。俺は俺で進むしかないんだから。  その日以来、瑞樹からの連絡は途絶えた。  最初の二、三日は携帯がいつなるかと緊張していた。一週間経ち終わったんだと泣いた。  やるべき事はある。俺も立ち止まってはいられない。  高卒認定をとったから来春からは俺も大学へと通う。生活に困らないくらいの蓄えはできた。不動産や株もある。だから一からやり直す。失った日々を埋めるために。  受験勉強は面白かった。もともと成績は良かった。思い出せばそんなに難しいものではなかった。  あと半年で卒業できたはずの高校もその先進学するはずだった大学も今となっては遠い昔の事。  人より五年と少し遅れただけ。  その間に学んだ事も多くある。経済学部に進んで、実戦で得た知恵を学問で証明しようと楽しみにしている。恋愛はもう懲りた。  傷つくのは怖いし、誰かを傷つけるのはそれ以上に嫌だ。  いつの間にか夏が来た。世間はお盆だと騒いでいたが俺にとってはいつもの日々の繰り返し。母親はすっかり温泉地に自分の居場所を見つけ、住み込みで働き始めた。  もう仕送りさえ要らないと断られた。 「母さん、俺さお金には全く困ってないから。甘えてよ。大丈夫、変な仕事はしてない。俺も一人前の投資家だよ。うん?そう…まぁ、そこのところは期待しないで」  お金を振り込むたびに要らないよと、心配そうに電話してくる母。少しは親らしくなってきたかもしれない 。  変な仕事をしていないか……恋人はまだできないのかと、せっつかれている。  恋人……もう二度とできることはない。終わった恋愛の残骸が唯一の俺の宝物。

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