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第16話 突然の来訪

   その日、母親からの電話を切って携帯を置こうとした瞬間にまた着信音がなった。  「母さん何?」  母親だと確信して、番号も確認しないで電話に出た。 「……奏太?」  ……瑞樹から?  あの日から三ヶ月何の音沙汰もなかったのにと、鼓動が速くなる。  「……」  「奏太、これから行く」  「何しに……」  「今、家にいる?」  「出かけるところだから……」  別に出かける予定なんて無かった、けれど警報が頭の中で鳴っている。会えば傷つく、安全なところまで逃げなくてはいけないと。  電話を切って急いで身支度をする。いつ来るとも限らない、だからここに居てはいけないと、ドアを開けるとそこに瑞樹が立っていた。  「なんで……」  「今、ここから電話してた。奏太が会ってくれるか自信なくて……」  部屋に押し戻されてしまった。今まで、なしのつぶてだったのに何故いきなりここにいるのだろうか?  「今日から十日間分の代金」  封筒に入ったお金を渡された。  「ちゃんとあるよ」  「何を今更……」  「夏休みと有給合わせて十日間、休み取った。奏太と過ごすまとまった時間が必要だと思ったから。今日から十日、俺はお前とだけ過ごす」  断らないと危ないと頭の中で騒ぐ俺がいる。なのに身体が言うことを聞かない、動けないし声も出ない。強く抱きしめられて膝が、がくっと落ちた。  ……何の仕事をしているのかは知らないが、簡単に指先で動かせる額ではないはず。  「瑞樹、……俺…もうそういう仕事してないから」  そういう仕事が何を指すかにもよるが、権藤に売った最初の一晩と瑞樹に売った夜以外思いつかない。  権藤とは愛人関係だったという自覚はある。だが、一夜限りで自分を売った事は最初の夜しかない。  「良かった、きちんと仕事を始めたのか?今は夏休みか」  「まあ、そんなところ。だからこの金は受け取れない」  「……どうすれば奏太と一緒に居られる?」  「一緒に居る意味はないよ」  「帰らないから俺、何を言われても帰らない」  「……邪魔」  「邪魔でもなんでも、引き下がらないから」  三か月何の連絡もよこさず、いきなりこれかよと怒鳴り散らしたかったが、俺は瑞樹の恋人でもなんでもない。  ……だとしたら、単に知り合いに十日間一部屋貸すだけなのか。自分の中で瑞樹がここにいる言い訳を探してしまった。結局、吹っ切れていないのは俺なのだ。  「駄目なら、この部屋の前に寝泊まりしてもいい。帰らないから「  「……好きにすれば……十日ここにいて何になるのか知らないけれど」  俺はその間、自分の心を持ってかれないようにするだけ。瑞樹が嬉しそうに笑う。何でそんなに嬉しそうに笑うのか。  「なあ奏太、十日一緒にちゃんと過ごせたら、その後は……」  「別に何もない、日常に戻るだけ。会社始まるまでの暇つぶしだろ」  「その時に、もし奏太が一緒に居たいって思ってくれたら?」  「大丈夫、それは無いから」  俺が一緒に居たいと言う資格は無いから。  「言わせてみせるよ」  瑞樹は自信に満ちた顔で笑っていた。

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