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陽太の疑心暗鬼

「陽太…」 覗き込む真斗から咄嗟に写真を隠した。 「これ、誰から預かったの?」 「知らない子」 どうして目が泳ぐの? 「ほんとに知らない子?」 どうして、そんなにしどろもどろになるの? 「知ってるわけない。それより、それ、変なものだったの?」 「いや…」 その視線を避けるように手紙と写真をカバンの中に突っ込んだ。 「今日はもう帰るね」 「えっ?まだ、今日は講義があるだろ?」 真斗が心配げに尋ねてくる。 「ちょっと用事思い出した」 「陽太、それ変なものだったのか?」 何度も同じ事を訊くけど、そんなに気になるの?怖いほど真剣な表情をして。 「真斗、何か隠してない?」 「……。何も隠してないよ」 「そう…。それならいい」 口を噤む真斗を一瞥して陽太は踵を返した。 「陽太!」 真斗の今にも泣き出しそうな声が背中に降り注ぐ。 だけど。 陽太は振り向けなかった。心の中はブリザードが吹き荒れていたのだから。 最近の陽太は淳より真斗とつるむことが多い。 一言でいえば陽太と真斗は似たもの同士。 陽太は読んで字の如く太陽のように明るい。反して真斗は静かでおとなしい。 だが、思考や嗜好や志向がすこぶる似ているのだ。 同性を好きなのも。真斗は淳に恋してる。 片思いだけれど。 真斗と恋バナをするのは楽しい。 陽太も誰とは言っていないが、年上の恋人の存在は明かしている。 その真斗が最近物思いにふけることが多くなった。 淳のことでもないようだし、時折陽太に何かを言いかけて止めるという事を繰り返す。 ずっと気になっていた。 この手紙と関係あるのかはわからないけれど。 校舎から出たところで、徹が声をかけてきた。 「陽太さん、受け取ったものを見せてもらえますか?」 思わず立ち止まる。 「何で?」 鉄仮面の徹を睨みつけた。 「頭に不審なものはその場で確認するように言われていますので」 普段の陽太なら素直に差し出したのだろう。 だが、 「これは僕宛の私物だよ。不審なものじゃない!」 封筒を差し出す代わりにいきり立った言葉が出た。 「ですが」 「頭にそう伝えて!」 徹の鉄仮面が少しだけ剥がれた。 陽太の胸がすく。 「……」 「帰るから!」 陽太は早足で歩き始めた。一瞬で追いつく徹にまたムカムカする。 「わかりました。少しお待ち下さい。兄貴に直ぐにきてもらいますんで」 スマホを取り出す徹に 「あそこのカフェで待ってる。一人でね!」 と、完全に八つ当たりの言葉を投げつけて、カフェへ向かった。 カフェの奥の窓に向かって座る席が空いていた。カフェラテにゆっくりと口をつけて、心を落ち着ける。 誰も見ていないか確認してから鞄の中の写真をノートに挟んで取り出した。 若い男は奏多の腕にしがみついて見上げでいた、潤むような目で。 まるで、陽太のように。 この男は誰なんだろうか?陽太とそう年齢は変わらない。 そして、この男の背格好や髪型や服装は陽太に似ている気がする。 写真を目にした時一瞬自分かと思った。すぐに他人の空似だとわかったが…。 封筒と同じ色の四つ折りされた便箋。 薄い水色の百均にでも売っていそうな代物。 意を決して開いて見れば住所が記されていた。 【大阪市○○区○○町四丁目5の1○○コート501号室】 陽太はスマホを取り出して地図アプリで検索してみた。 10分ほど操作してみてわかったこと。 このマンションは奏多の所有する南のマンションであること。 そして、導き出されるこの男の正体。 この男は奏多の愛人。 最近滅多に奏多は帰ってこない。滞在時間も短い。 電話で話はしている、毎晩。 でも、帰ってきてくれない。 どうして? この男のところに通っているのだろうか? わからない事ばかり。 ふと、窓の外を見れば徹がベンチに座り、くつろぐふりをして陽太を見張っていた。 徹の冷たい表情。二カ月経ってもニコリともしてくれない。二言目には頭が頭が。 頭がと言えば陽太が黙るのを見透かすように。 プツリとどこかで音がした。 陽太の中の何かが切れた。 徹を見つめたまま、カフェラテを一口飲んだ。 徹が目を逸らした。その隙に財布だけをデニムの後ろポケットに入れる。 そしてゆっくりと立ち上がった。 トイレに行くふりをして、大学の裏側にある門を全力疾走で駆け抜けて通りかかったタクシーに乗った。 鞄もスマホも置いてきた。GPSを発動されるのがオチだから。 履いてる靴は最近買ったばかり。今日初めて履いた。 まだ、GPSは取り付けられていない。この靴の存在を奏多は知らない。 だって帰ってきてないから。 陽太の知らない所で何がが起こっている。 真斗の訝しい行動。 帰ってこない奏多。 信じて待っていたいけれど。 一度生じた疑いはどんどん大きくなっていく。 陽太は拳を握りしめた。

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