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奏多の遠謀深慮 ②
朝から陽太を抱いた奏多。
その後、組事務所に出向き仕事をこなした。
極道といっても、下部組織からの上納金やみかじめ料の管理、直に経営しているクラブや居酒屋、ホストクラブに関する仕事が山積みになっている。
奏多は黙々と仕事をこなした。
夕方になり新田から美和の情報がもたらされた。
一般人と結婚していた美和は三年前に離婚。
直後に中国地方に移り住み地元の極道の経営するクラブにホステスとして勤めている。
そして組幹部の愛人になった。
その組幹部と、陽太の行ったショッピングモールに併設されたホテルに滞在しているようだ。
何故、大阪にいる?
中国地方の組の者が、手下を引き連れて。
きな臭い。
新田に引き続き調べるように言いつけた。
一計を案じた奏多はこの日から陽太の待つマンションには戻っていない。
どうしても我慢できなくなると、車で市内の繁華街をぐるぐる回ってから、クラブで奏多の影武者と入れ替わり変装して抜け出し、ようやく陽太の住むマンションへと足を踏み入れる。
とてつもない、労力と時間がかけて。
マンションのドアの中で玄二が待っていた。
「頭、おかえりなさいまし」
「ああ、陽太は?」
「既に休まれてます」
「そうか、どんな風だ?怖がってないか?」
「はい。特に何もおっしゃいませんし、夜中にうなされている気配もありません、ただ…」
「なんだ?」
「気のせいかも「はっきりといえ」」
「上手く言えないんですが、若頭の帰ってくる時間を尋ねては、窓辺でじっと外の通りを見てるんです。12才の頃のように。『かなたん、遅いね』って。
この前は抱きついてきました。若頭がいないので寂しさが募って俺に甘えているのはわかるのですが、表情がどう見ても18才の陽太さんじゃありません」
「……。小学生の陽太?」
「はい」
抱きついたと聞いて、一瞬ムッとしたが、あまりに険しい表情の玄二に何も言えなくなる。玄二は12才から陽太を慈しみ面倒をみてきた。育てたのは玄二といっても過言ではない。
その玄二が言うのだ。今陽太はのっぴきならない精神状態かもしれない。
やはり、一度心療内科に連れて行こう。
「わかった。伸也に専門医を紹介してもらうわ。玄二、連れて行ってくれ」
「はい、承知しました」
「他は?大学はどんな感じだ?」
「新しい友達が数人できたようです」
「素性を調べておけ」
「はい、既に調べてあります」
「見せろ」
「はい、ただ今」
普段なら絶対に被らない帽子を脱ぎ、玄二に放り投げれば簡単にキャッチする。
ガタイがいいのに、俊敏な動きをする。
そうでなけりゃ陽太を任せられない。
「頭が暑いわ」
ソファーに座り、玄二の持ってきた調査書に目を通す。
多田淳、今本靖、鍵田真斗。
多田淳は高校からの同級生。
陽太のスマホに写真が何枚かあった。
行事のたびに見せる写真にも写っていた。今本靖、鍵田真斗は初めて見る顔。
…真斗?
どこかで…
新人ホストか?居酒屋のバイト?
いや、違うか…
どこで?いつ?
記憶違いか?
ソファーに首をもたれさせ、眉間をマッサージする。
やれやれ、齢だな。
テーブルの上、ロシア産ウォッカの入ったグラスが水を滴らせる。
前を見れば、キッチリと閉まった寝室の扉。
ウォッカを一口飲み、扉を開けた。
陽太。
いつものように丸まって眠っている。
奏多の枕を抱きしめ頬を寄せて。
抱きしめるのは俺にしろ。
俺もどきを放り投げ、むずがる陽太を抱きしめたら、ギュッと抱きついて、天使の微笑みを浮かべる。この表情を見れるなら、時間をかけて帰った甲斐があるってもんだ。
このまま、裸にひん剥いて抱き潰したいのを我慢して、抱きしめるだけにとどめる、鋼の理性で。
額に。
頬に。
唇に。
キスを落とせば、甘い吐息を吐く。
眠っているのにだ。
かわいい。
かわいい俺の陽太。
決して巻き込みはしない、汚い争いに。
二度と会わせはしない、過去の亡霊に。
俺の宝物を苦しめる奴は全て排除する。
奏多は小一時間ほど陽太を抱きしめて、震える瞼にキスを落として、寝室を後にした。
新田から更に詳しい情報が入った。
美和の愛人は組を破門され、手下を連れて、ここの新興勢力の阿須賀組に身を寄せていた。
一網打尽にするチャンスではなかろうか。
そう…翼を陽太の身代わりにしておびきだせばいい、美和の背後にいる奴らを。
美和は必ず陽太を狙ってくる。
美和はわかりすぎるほど、よくわかっている。
奏多の弱点は陽太。
ショッピングモールの出会いは偶然かも知れない。だが、美和の愛人は人龍会の敵対勢力の阿須賀組にいるのは間違いない。
昨日も起きた経営するクラブでの小競り合いも阿須賀組の下っ端が暴れて起きたこと。
間違いなく陽太を狙ってくる。
美和なら身近で見たら陽太と翼の見分けはつくだろうが、翼にサングラスをかけさせれば、遠くからは見分けられないだろう。
陽太が二つ目のマンションに住みだしてから奏多は東西南北四つのマンションを順繰り巡っていた。
陽太が奏多の宝物と分からぬように。
元々陽太の存在を知る者は少ない。
組では古参の幹部ぐらいだ。小さな頃から用心深く陽太を隠してきた。
陽太と翼を同一人物と思っている奴もいる。奏多の組の奴でさえそうだから、部外者なら尚更だ。
東京からの帰りの護衛は信用できる奴ばかりだが、念のため呼び出して蜜と脅しを半々にして掛けておいた。
陽太と一生を共にする覚悟を決めてから全ての女と手を切った。
どれも後腐れのない、金で切れる女ばかりだった。
それ以前に東と西のマンションに囲っていた情人は手切れ金をわたし追い出していた。
北の情人は自惚れ出したので陽太が高2の冬に切った。
陽太に似ている翼。
気に入って南のマンションに囲ったのは陽太が高2の頃。
翼は組が経営するホストクラブに面接に来た奴だった。
偶々、奏多が店に顔を出した際に事務所のソファーに、かしこまって座る翼を見かけたのだ。
扉を背に座る翼。
「陽太?」
すぐに違うと解ったが、斜め後ろから見てもよく似ていた。
「おまえ、名前は?」
「つ、翼です」
「俺の相手するか?」
「はい?」
その場で愛人契約を持ちかけ、南のマンションに囲った。
陽太の代わりにして抱いた。
主にバックで。
フェラをさせても顔を上げなければ陽太のようだった。
実際に陽太にフェラをされた時にはビックリしすぎて、萎えたが。
この頃から、翼のところへ入り浸った。
陽太を襲いそうだったから。
その代わりに翼を抱いた。
翼はどんな無茶にも応えた。そんな翼にのめり込んだ。
我ながら最低な奴だと自覚がある。
東京から帰ってから翼と手を切ろうとしたが、思わぬ反抗にあった。他の情人の処理は新田や田所に任せていたのに、翼は自分で別れに行ったのが悪かったのか。
変なところで情をかけてしまった。
以後は直接会わず新田に任せていた。
難航していて、宙ぶらりんのままだったが、
再度、奏多が話しをしに南のマンションに出向いた。
「俺と外でデートするか?」
ソファーに座る奏多の足にすがりつく翼。
「えっ?何で?」
ソファーに踏ん反り返り煙草を吸いながら立ち昇る紫煙を見ている奏多。
「デートしようと言ってんだ」
翼の目に浮かぶ戸惑い。
「何、企んでるの?」
奏多の視線は足元の翼に。
「少し外で俺に付き合ったら店を持たせてやる」
「ホントに?」
「ああ」
「俺は何をすればいいの?」
「いつも通りでいい」
「そう」
翼はニッコリと笑い、奏多のスラックスのファスナーに手を掛けた。
この日から奏多は翼の待つ南のマンションに帰るようにした。
それがとんでもない事を引き起こすとは露程にも思わずに。
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