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陽太の涙①
必死に走って乗ったタクシー。
行き先を咄嗟に言えず、海沿いの公園に向かってもらった。車道の上をモノレールが走っている。高校の頃、友人四人と遊びに行った場所。
窓の外を眺めても何も見えては無かった。景色が頭の中を通り過ぎて行く。
陽太に似た男。
いや、陽太が似ているのか。
陽太は奏多とこんな写真みたいに出歩いたことは一度もない。今の関係になって間もないからしかたないけれど。
それ以外でも小学生のころ小旅行に連れて行ってもらったことがあるだけだ。
そこには必ず美和がいた。
美和…。
陽太が美和に遭遇してから、奏多は帰って来なくなった。
毎晩欠かさずかかってくる電話。その声色に嘘は見つけられない。陽太の大好きな奏多そのもので。
美和のことは気にするなと言った。もう会うことも無いと言った。
昨日は、もう少しの辛抱だと言いきった。
何故?
奏多は一体何をしようとしているの?
小学生のあの時も、美和は忽然といなくなった。
陽太のために別れてくれた。
もしかしたら…。
この陽太似の情人を使って何かしているの?
前回は陽太はまだ小学生だった。だが、今は大学生だ。何が、起こっているのかを知りたい。蚊帳の外にされるのはもう懲り懲りだ。
陽太がいなくなったことは直ぐに奏多の耳に入るだろう。
けれど、それを知っても奏多は全てをやり遂げるまで陽太の住むマンションには帰っては来ない、きっと。
奏多はあの男の元へ行く。
陽太の想像が正しければ、今血なまこになって陽太を探しているのは玄二だ。
玄二には悪いことをした。謝ってゆるしてもらえるだろうか?
ごめんなさい、玄二くん。だけど、僕もう我慢が出来ないんだよ。
「運転手さん、行先を変更してもらえますか?」
タクシーの運転手に代金が支払える場所でストップしてもらい、そこからは歩いた。
玄二にいつも多めのお金を用意されていたが、奏多に持たせてもらっているカードは使いたくなかったから。
幹線沿いにひたすら歩いた。最近は車で移動ばかりだから、脚が痛くて仕方ない。
やっぱり、サッカーのサークルに入るかな?なんて、呑気に考えながら。
南のマンション。
その場所に着いたのは大学を出てから相当な時間が経っていた。
お日様はとっくにいなくなっていて、お星様がこんばんはをしている。
大きな通りからは一本中に入った低層の瀟洒な外観で、見るからに若いセレブが住みそうなマンションだった。
現在の陽太の住むマンションよりは下のランクだろうが、前に住んでいたマンションよりは高級に感じる。
陽太と写真の男が同等に扱われているようで悔しかった。
陽太よりその男と出歩いているのが悔しかった。
陽太よりその男を沢山抱いている。
そんな、下劣なことを考える自分が嫌だった。
マンション駐車場ゲートの植込みの側にあるゴミ集積所に入り込み、しゃがみこんだ。
ここは前面道路から死角になって、且つエントランスがよく見える。
綺麗に掃除されていて、臭くない。
体育座りをして、エントランスを眺めた。待っている間にも、目頭が熱くなる、涙が出て困ってしまう。
汗まみれのハンカチで汗を拭きながら涙を拭う。
ゴシゴシと顔を拭いて前を見た。
あれ?
ドックンと、心臓が大きく打った。
死角の隅に入っていたシルバーのワンボックスカー。工事屋さんの車と思っていた。
スーッと助手席側の窓が開きタバコの吸い殻が捨てられて。
見えた人物。
美和と再会した際にいた、厳つい男だった。
何で?心臓が早鐘を打ち出す。
どうしたら……。
誰かに電話しようにも、スマホをリュックの中に置いてきてしまった。
その場を動くことも出来ず、固まったまま、車を凝視した。
どれくらい経ったのか、見覚えのある人物が現れた。
陽太に似た男。
奏多の情人。
男がエントランスに近づいた時、ワンボックスカーのスライドドアが開いた。
無防備に歩く陽太に似た男。
ワンボックスカーから飛び出した複数の厳つい男。
「逃げて!」
「翼逃げろ!」
叫びながら陽太は飛び出し走り出していた。と、同時に大きな叫び声とともにその陽太の前を横切る人物。
「えっ、徹?」
思わず、走りを緩めた。
ギョっとして急ブレーキをかける厳つい男達。
徹は翼と呼んだ人物を抱えるように庇い、逃げて…。
えっ?ななななに?
厳つい男達の目は陽太に一斉に向いた。
「こっちだ!」
そこへ、沢山の男達が流れ込んできた。
陽太の知らない人ばかりで、乱闘になった。
に、逃げなきゃ!
踵を慌てて返して走り出す前に呆気なく、ひ弱な陽太は呆気なく厳つい男の一人に捕まった。
首には大きなナイフが当たっている。
男が陽太の耳元で喚いていて頭がガンガンする。
首の下に腕があって、締め付けられて苦しい。
「痛!」
肩に鋭い痛みがして、右腕を見れば赤い血が見えた。
切られた?力が抜けていく。
動かない人が味方なのかなぁ…
引き摺られ、車に放り込まれた。
「陽太さん!」
徹の声がして、車のキーというブレーキ音がして。
「陽太!」
大好きな人の叫ぶ声が遠くにして。
かなたん、怖いよ、助けて…
車の急発進の音がして、身体を邪険に蹴られて、陽太の意識はプツリと途絶え。
閉じた瞼から一雫の涙が落ちた。
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