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陽太の新生活②

「陽太さん」 遠くから声がする。玄二の声だ。 「……ん」 「もうお昼ですよ、午後からの講義受けるなら起きないと、」 えっ?今…何時? 枕元の時計を手に取り覗き込んだ。 ………。げっ! 早朝の奏多とのあれこれがサァーと頭をよぎっていく。 ギャーと飛び起きた! ウッ!痛ぃ…ベットに蹲り。 ヒッ!ふ、ふく! ……よかった服は着てる。 一連の動作を見ていた玄二は笑いを堪えてる。 玄二はコホンと咳払いをして。 「大学、行かれますか?」 「行くよ!」 ノロリノロリと動けば玄二が手を貸してくれて、恥ずかしいけど自分だけでは起き上がれない。バスルームにゆっくりと歩いていきシャワーを浴びて。 ブツブツと文句を垂れる。 「かなたん、手加減してよね」 濡れた髪を拭きながらリビングに行けばいい匂いが鼻腔をくすぐる。 「お腹空いた!」 昨日の夕食を食いっぱぐれてから、何も食べてない。その上、奏多と運動?をしたのだから。 ダイニングの椅子に座り箸をとった。 湯気の立つ白米に味噌汁。 「いただきます」 「どうぞ、召し上がってください」 ナスの味噌汁が臓腑に染み渡る。 「あぁ、美味し…」 「よかったです」 玄二がだし巻き卵を目の前に置く。 「陽太さんの好きなネギ入れましたよ」 「ありがと」 玄二は陽太に何かあった時は必ず好物を作ってくれる。これは出会った頃から。何も言わずただ、側にいて美味しい物を食べさせてくれる。 「玄二くん」 玄二の優しい表情にほっこりする。 「どうしました?早く召し上がらないと遅くなりますよ」 「うん!」 しばらくしてベルが鳴り玄二が応対をする。 そのまま玄二が玄関まで迎えに行って。 「誰?」 モグモグしながら様子を伺えば、陽太の苦手な徹がやってきた。 徹は無表情でクールな印象だ。殆ど喋らない。初めて会ったのは東京からの帰りの車で運転手をしていた。 車内で陽太はずっと眠っていたので、まだ話したことはない。 「おはようございます。食事中、すみません」 陽太は箸を置いて。 「おはようございます、徹くん」 「陽太さん、牧之原も今日から護衛に付きます」 玄二の声にびっくりして。 「えっ?」 徹が頭を下げる。 「俺は目立ちすぎて大学の中まで入れませんから」 玄二が肩を竦める。 徹は学生でも十分通用する容姿をしているし、やくざには全く見えない。そこで、徹に白羽の矢が立ち陽太の大学の複数の社会人講座に滑り込ましたらしい。 それなら堂々と大学構内を歩き回れる。 奏多からの指示なのだろう。 今日から玄二と徹、護衛は二人になるのか。徹の表情をチラッと伺うが、何を考えているのか無表情で。 陽太は元々あった苦手意識を増幅させる。 出来れば玄二について貰いたいけれど、そうそう我儘も言ってられない。 昨日の今日ですぐに何か起こるわけはないだろうけど、やはり陽太は小心者なのか昨日のことを思い出すだけで身体がビクビクしてしまう。 我ながら情けない話だ。 あの人のことは記憶の奥深くにしまっていて、最近はしまった事さえ忘れていたのに。でも、会った途端にそれこそ走馬灯のように頭の中を駆け巡った。 怯えて何も出来なかった意気地なしの小学生のような自分が顔を出した。 「陽太さん、ほらほら手が止まってますよ」 「うん」 「俺も今日から客間に泊まり込みます」 「えっ?」 「大学内以外はずっと一緒にいますんで」 「大丈夫なのに!」 思わず箸をバンとテーブルに叩きつけていた。 「頭の指示ですから」 「だって、家の中にいるのに!」 「頭の命令は絶対です」 玄二は陽太に有無を言わせたくない場合、奏多を頭という。 これも決定事項なんだね。 「…わかった」 でも、少しホッとする自分もいて。我ながら何だかなぁである。 「ごめんね」 「いえいえ、カフェオレも飲まれますか?」 「うん、甘めでお願い」 玄二がキッチンに立って、もう一度チラッと徹を伺えば、バッチリと目が合った。 「あああの」 「はい」 「ごめんね、今日からよろしくお願いします」 「頭の命令ですから」 端的な言葉と冷たい視線。 徹は視線を外して窓の外をみる。 そりゃ嫌だよね…。僕の護衛なんてさ…。可愛い女の子ならともかくチンケな男だし。ましてや、尊敬する頭の男妾なんだから。 自分で自分の心に刃を突き刺して、痛みを感じる。 でもこれも想定内。 奏多とこんな関係になることは誰もが賛成してくれるわけではない。もしかしたら、味方など一人もいないかもしれない。奏多の組の者だって、殆どが徹と同じ態度の可能性は大だろう。 東京から帰ってくるときは身体が辛くて様子を見るどころじゃなかったし。 くよくよしてもしょーがない。 陽太は茶碗のご飯をかきこんだ。 時間ギリギリに講義室に入ると 「陽太、ここだ」 高校の同級生だった淳が声をかけてくれた。 「ありがとう、席」 玄二運転の車に乗り込んでから淳にラインで席とりを頼んでいた。 「陽太、こいつ今本靖、その隣が 鍵田真斗、サッカーサークルが一緒なんだ」 淳が隣の学生を紹介してくる。 「こんちは僕、山際陽太よろしく」 「こっちこそ、よろしくな」 靖は声をだし、真斗は頭を下げた。 淳と、靖は似たような性格で明るく朗らかだ。体格もいい。真斗は無口で大人しく、体格は陽太より少し大きいぐらいだ。 「なぁ、お前マジ入らねぇ?サッカーサークルにさ」 「サッカーはもういいよ、疲れるもん」 陽太はサークルにまだ入っていない。 奏多の相手をするだけで充分な運動になる。それに今、大学内まで護衛がついてるのにサークルになんて入れるわけがない。 「お前、疲れるって幾つなんだよ!」 「18になったばっかりだよ!」 「18で、親父かよ!」 「悪いか!」 他愛もない言葉の応酬が楽しい。 隣の靖がクスクス笑っていて、 「もう!」 と、淳に言ったところで、じぃーっと陽太を見ていた真斗と眼があった。 サッと真斗が目を逸らす。 「ん、なあに?」 「別に何もないよ」 ニコっと微笑まれて。 変なの….。 教授が入室して講義が始まった。 講義が終わり講義室から出ると徹がスーと後方に尾いた。 いつまでこれが続くのだろうか。今日はまだ初日なのにもう嫌だ。 新しく出来た友人達とは次の講義も同じようで一緒に移動した。 それからもこの四人でつるむことが多く、楽しく、忙しい大学生活が始まった。 五月のゴールデンウィークも終わり、季節は初夏どころか、連日夏日の気温だ。 桜の木がワサワサと緑の葉を揺らす。 大学構内は徹が変わらず警護をしてくれていて。 奏多は最近滅多にマンションへ帰ってこない。 だだっ広いマンションで玄二と二人の夜を過ごしている。 以前と違うのは必ず直接連絡があること。 「事務所に泊まってるから心配するな。何か、変わったことないか?」 「ないよ、ない。至って平和である」 「なんじゃそりゃ」 「かなたん、いつ帰ってくるの?」 「こっちが片付いたらな」 「会いたいよ、かなたん」 「もう少し待ってろ、な」 「いつまで?」 「おいおい、陽太お前は小学生か?」 「だって…」 前は口が裂けても言えなかった言葉がスルスルと口をついて出ていく。 「ごめんなさい」 「陽太、もう少しだから」 電話を切ってからソファのクッションに頭を押し付けて。 「陽太さん、もう少し我慢しましょう」 と、玄二からも小学生みたいに言葉をかけられる。 何も起こらない、ありふれた学生生活。あれは脅しだけだったのかなと思い出した頃。 「陽太」 真斗に呼ばれて。 「どうしたの?」 「女の子から預かった」 それはどこにでもありそうな水色の封筒。 中には封筒と同じ色の手紙と写真が入っていた。 「誰?」 奏多が男の肩を抱いていた。

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