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奏多の熟慮断行①
「陽太、この部屋だ」
「うわぁ〜、すごい!」
陽太の瞳がキラキラ輝く。
「全部、僕が使っていいの?」
「ああ、この部屋は陽太の部屋なんだから、全部陽太のものだ」
「ありがとう、かなたん!」
駆け足でベッドまで行きダイブする陽太。
「フカフカ〜!」
ひとしきりゴロゴロする陽太をドアにもたれて眺めていたら、ムクッと起き上がり、窓際へ。陽太の部屋はリビングと同じ方角を向いていて、景色が楽しめる。
「高いねー!」
かなたん、アレってなぁに?と、呼ばれて陽太の傍に。
指差す方向を一緒に眺めた。
あの建物は六年前に出来た日本一高いビルだ。陽太、行ったことあるんだぞ。
「日本一高いビルだ。元気になったら、行ってみような」
「もう、元気だよ!早くいってみたいよ〜!」
陽太の黄色い歓声が響く陽だまりの部屋。
陽太は予定通り転院して、幾つかの催眠療法の検査を受けた。
心因性記憶障害、陽太についた病名。
日常生活に支障はなく、少しずつ今の陽太の状況を奏多と玄二で教えていった。
自分が18才と知ってからは
「鏡よ鏡よ鏡さん?」
と、呟きながら洗面台の鏡を覗き込んでいた。鏡の中の自分に13才の自分はどんな風だった?14才の自分はどんなふうだった?
と、問いかけている。
「ねぇねぇ、かなたん。僕本当に18才?」
髭が生えてない、何で?と、訊ねてくる。
元々、うすいんだろ?と、答えておいた。
「ねぇ…かなたん」
次は何だ?と、思ったらパジャマのズボンのゴム部分を持って中を覗いては、あれ?と、首を傾げている。
お子ちゃま…と呟き、奏多に縋るような瞳を向ける。
「まだ、まだ、成長過程だ」
と、言いながらも笑いを堪えるのに必死になった。
陽太は取り乱すことなく、自分の現在の状況を受け入れた。
周りが戸惑う程に。
玄二や佐伯はもう少し入院させて、様子を見ようといったのだが、陽太が新しい家に帰りたがった。
それで、奏多は反対を押し切り陽太が新しい家といっているだだっ広いんマンションに連れて帰った。
大学は現在は休学している。
12才から18才までの6年間の必要な部分だけを覚えさせてから、復学させるつもりだ。
奏多はわざわざ辛いことまで、思い出さなくていいと思っている。
自己防衛のために忘れたことを何故思い出させる必要があるのか。
大学に戻ったら好きなことをさせて、卒業後人龍会のフロント企業にでも勤めてくれれば。そこで好きな人が出来て結婚してくれたらそれに越したことはない。
陽太が幸せならそれでいい。
玄二が作った夕食を囲んで。
風呂に入った陽太はソファーに膝を抱えて座り、TVの歌番組を観ている。
奏多は一人用のリクライニングソファーに座り、酒を飲んでいる。
昨年末に紅白を一緒に観た以来か。そもそも陽太とTVを一緒に観るなんて滅多になく、昨年の紅白も一緒に年末を過ごすのはこれが最後と思い観ていた。
「陽太さん」
玄二がグラスに白くて甘い乳酸菌飲料のおかわりを作って持ってきた。
薬を飲む代わりに二杯飲むと、玄二に交換条件を出していた。
そういや、中学生の最初の頃まで好きで飲んでいたっけ。いつのまにか、中学生は炭酸!とコーラに変わっていた。
「うっまっ!」
ズズっとストローて、勢いよく吸っている。
やっぱり、好きなんだな。
「陽太、それを飲んだら歯を磨けよ」
「ふぁ〜い、わかってるよ」
「それならいい」
プーと、口を膨らませ返事をする。18才には到底見えない。言動や仕草が子供子供している。顔つきは12才にしては若干とうがたっているが。
ジュースを飲み干した陽太が歯を磨きに行った。
「頭、陽太さんに今日から自分のお部屋で眠ってもらうのですか?」
「ああ、そのつもりだ」
「大丈夫ですかね…」
「眠剤も飲んでいるし、やってみるしかねえだろ?」
「そうですね…」
玄二と、同じように奏多も不安に思っている。
陽太が戻る前に寝室にドンとあったあの大きな陽太の選んだベッドを処分して、セミダブルのベッドに替えた。そして、マホガニーのデスクと本棚、パソコンを置き書斎としての機能を備えた。
そしてリビング隣にあった陽太の部屋に、シングルのベッドを置いた。
以前はベッドがなかったせいで広々としていたが今は普通の大学生の部屋になった。
義父と18才の息子が一緒のベッドで寝てるって、ありえない。
ぐずる陽太を自分のベッドに寝かせて瞳を瞑らせたら、一瞬で眠りに落ちた。
「玄二、出かける。頼んだぞ」
「はい。いってらっしゃいまし(ませ)」
組長と姐さんに呼ばれて本邸に行く。
きっと陽太の状況の確認だろう。
黒い高級車の後部座席のドアを新田が開ける。奏多はすべるように乗り込んだ。
稲郷から何を言われるのか。
奏多も断り、稲郷も一旦は諦めたはずの奏多と杏果との結婚話をまた周囲に漏らしているらしい。
車窓から流れる景色を観ながら奏多の頭の中はフル回転している。陽太にとって何が最善なのか。陽太の最善を得る為には奏多はどう動けばいいのか。
陽太。
来週から新田や佐倉からの提言もあり、米田が陽太の家庭教師としてやってくる。米田は大学工学部出身だが、人龍会に入るまでデイトレーダーをして稼いでいた。それに、飽きて組に入ったという変わり種だ。その割に人当たりもよく、誰にでも好かれる優しい顔立ちをしている。阿須賀組に潜り込ませたら、素晴らしい動きをしてくれた。人龍会の幹部になり得る存在だと考えている。玄二が母親がわりなら、米田は良き兄貴になるのではないか?
そう、期待している。
車窓の景色は稲郷の本邸が近いことを示している。
奏多の最優先事項は陽太。それを肝に銘じて奏多は動く。
車が威厳のある門を通り抜けた。
ブラックのストライプのスリーピーススーツに身を包んだ奏多は、稲郷が手ぐすねを引いて待ち構えている屋敷に足を踏み入れた。
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