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奏多の熟慮断行②
下衆に案内された部屋の上座には親父が。囲むように右側に姐さんが左には…。
予想通りの杏果がいる。
いつも娘にくっついている母親の綾はさすがにいないか。姐さんの機嫌を損ねて良いことは何もないからな。
「待っていたぞ、奏多」
「親父、遅くなりました」
親父と姐さんに向かって、正座をして頭を下げた。
「いいってことよ。さぁ、こっち来て座れ」
既に出来上がっているのか、親父のテンションが高い。それを見た姐さんは苦笑いをしている。
親父の正面に腰を下ろせば、杏果が声を発した。
「奏多さん、お久しぶりです」
半年ぶりに会う杏果は相変わらず男を骨抜きにするような美貌だ。母親の綾は人龍会がみかじめ料を取っていたクラブのNo. 1ホステスだった。その綾の美貌に姐さんにぞっこんだったはずの親父がよろめいた。
いくつもの修羅場を潜り抜けて、姐さんに尻を引かれた今の親父がある。
綾との子、杏果は認知しているが、愛人関係は解消されているため、綾が本邸に来ることはない。
「杏果さんご無沙汰しています」
「どうぞ」
と、言われ持ったお猪口に日本酒が注がれた。
酒の品評会で金賞をとった上質な酒だ。確かに辛口で旨いと思う。
親父が好んで飲んでいる。手に入りにくいこれを出してくるのは、この場が余程意味があるものなのか。
「奏多、急に呼び出してごめんなさいね。
陽太が退院したと聞いたものだから、この人が辛抱ならなくなって」
姐さんが困ったように目配せをして謝ってくる。
辛抱ならない親父は陽太が退院すると同時に行動を起こした。
「まぁ飲め」
若衆が料理や酒を運び込み、当たり障りのない話しで場が盛り上がる。
話題が切れたその時に
「奏多、杏果と組を盛り上げてくれ」
親父の声と同時に杏果が頭をペコリと下げる。満を辞して言葉を発する親父。最初から言いたくて仕方なかっただろう。
やっと言いやがった。
「その話は断ったはずですが?」
「おまえ、あの陽太とどうやってやって行くつもりだ?」
「今まで通りにですが」
「ガキになっちまった陽太と何するんだ?陽太は晶子に任せて、杏果と所帯をもて」
名前を出された姐さんは驚きもせずに奏多を見ている。
姐さんも納得済みってことか。
「奏多、陽太は私がしっかりと育てなおすよ。そして、あんたがこうなる前に望んでいたように堅気の人生を送らせてやったらいいじゃないか」
晶子に言われないまでもそう考えていた。
ただ、それは人の手ではなく、自分の手でやりたかったんだ。
陽太。
日頃から忙しい奏多より晶子の方が陽太の傍にいてやれる。陽太の入院中も何度も晶子は見舞いに行ってくれた。
幼い頃面倒を見てくれた晶子に陽太は殊の外、喜んでいた。
晶子なら…
「少し、考えさせてくれ」
親父と杏果の顔がパッと輝き、晶子が安堵のような表情をした。
陽太の元に帰る車中で、奏多はぼんやりと流れる景色を観ていた。
今、襲われたら100%やられるだろう。それぐらい奏多は心ここに有らずだった。
新田が運転席からチラチラとバックミラーで伺っていても気にも留めない。
「頭」
新田の声に奏多が前を向く。
「何だ?」
「いえ…何かありましたか?」
「………」
新田が思わず声をかけてしまうぐらい奏多はおかしいのか。
フッとおかしくなり口角が上がる。
陽太ほど奏多を悩ます存在はないだろう。
「新田、前を向け」
「すみません」
と、新田が姿勢を正す。
その背中にポツリと溢れた言葉が投げかけられた。
それは返事を求めたものではなかったけれど。
「何が正解なんだろうなぁ」
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