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奏多の熟慮断行③
奏多の心は定まらないのに、季節は足早に過ぎて行き、周りの者は勝手気ままに動く。
晶子は頻繁に陽太に会いにマンションまではやってくる。
奏多のいない昼間にやってきては何かと陽太の世話をやいているようだ。
母親代わりの玄二に加えて、陽太には家庭教師役の米田がいる。
陽太は米田を教師に一般常識や一般教養の確認、中学校から高校の勉強の復習など、大学復帰、社会復帰を目指して日々学習している。
そこへ晶子はやってきて、茶々をいれているようだ。陽太は陽太で、晶子がいるのが嬉しいらしく学習に身が入らない。
意外とスパルタな米田から拳骨を頭にくらっているらしい。
無碍に晶子を帰らすわけにもいかず、玄二も困り顔だ。
そして、組事務所には稲郷に連れられ杏果がやってくる。
今夜もまた稲郷に杏果を押し付けられて食事に連れて行くことになった。
「新田、個室をどこか押さえてくれ」
「はい」
新田が奏多の部屋を出て行く。稲郷はさっさと本邸に帰っていった。
「杏果さん、応接室で待っていただけますか?」
「はい。お待ちしていますね」
上品に微笑み静かに立ち上がる杏果。
出口に向かわず、ススっと、奏多の側により背伸びして唇を合わせてくる。
咄嗟に杏果の腕を掴み、引き離した。
「うふふ、残念です」
それほど残念でもなさそうに杏果は笑った。
「杏果さん、まだ俺たちは付き合ってるわけでも、ないですよ」
「ああ、そうでした、ごめんなさい」
と、首を傾げてニコリと微笑む。
「では、あちらでお待ちしてますね」
と、手を振り部屋を出ていった。
杏果がどういうつもりなのか、いまいち掴めない。この親子が何をしようと今までは関係なかった。が、結婚する可能性が0ではないと思い、新田に杏果と母親の綾の身辺を調べさせた。
自分達が調べられないと思ったのか、はたまた、バレないと思ったのか。
綾には既に内縁関係の男がいる。ホステス時代のタニマチで親父と切れた後にくっついたようだ。
最近になり綾との関係が妻にバレるのと同時に会社の金をつかいこんでいたのもバレて離婚と役職解任の憂き目にあった。綾の所に居候していて、綾も持て余しているらしい。杏果はホストにしこたま入れ込んでいた。相手は人龍会の息のかかったホストクラブではなく、均衡を保っている組がある隣の都市のホストクラブのNo. 1ホスト。その金はどこから出ているのか?
引き続き新田に調べさせている。
この話が再燃してから綾が全く姿を見せないのも不気味だ。
裏で良からぬことを画策をしているのは間違いないだろう。奏多も軽く見られたもんだ。
親父に報告するべきか。腹に収めるべきか。
杏果と所帯を持ち、陰で操つるべきか。
椅子に座り窓の外を眺めながらスマホを手にとる。ワンコールで陽太が出た。
「かなたん!」
「陽太、出るの早いな」
「米田さんとスマホでゲームしてたの」
「そうか、今日遅くなるからな。先に寝てるんだぞ」
「えー。また、遅くなるの?」
「ああ、すまんな陽太。その代わり、土産買って帰ってやるから」
「じゃあ、リーソンのカマンベールチーズケーキがいい!」
「はい。はい。お前も好きだね〜」
「だって美味しいんだもん。でも…かなたんが早く帰ってくれるほうが、嬉しい」
「ああ、わかってる。出来るだけ早く帰るから」
「絶対だよ!」
最近の陽太は自分の気持ちをはっきりと口にする。
以前なら、我慢していたことも。
中学生だった頃の陽太に早く帰ってきてなど、一度も言われたことはない。
当時の奏多は自分の気持ちの制御に必死で、美和に虐待されその傷も癒えてないうちに陽太と距離をとった。
陽太はどんな思いで日々過ごしていたのだろうか?
いつもいつも自分の気持ちを押し殺して我慢していたのだろうか。
幼い頃の性格は明るく屈託がなかった。
このまま、思いをため込まず口にできる人になってくれれば。
だから、今の状態は良い傾向だと思う。
陽太にとって、奏多は肉親同様。それも唯一の。
夜中に寝顔を見ずには安心できない。いまだに夜な夜な、陽太の部屋へ参っては眠っているか、うなされてないか、確かめている。
窓の外の秋色の空。兄貴の逝った秋が過ぎて行く。もうじき、兄貴の命日。
陽太と墓参りに行くことになっている。
退院してから初めての陽太との遠出。
一度近くのショッピングセンターへ連れていった。店を覗いてはあれこれ物色しては楽しんでいた。
ドライブできるね!と、今から奏多と出かけるのを楽しみにしている。
陽太の笑顔を思い浮かべながら陽太のプリプリ怒る声に耳を傾けた。
仕事を終え杏果を連れて、以前からみかじめ料を徴収していた創作料理の店の暖簾を潜った。親父から息子に代替わりをしていて、フレンチのコース料理のように少量ずつ沢山の種類の料理が出てきた。
杏果は美味しいと箸をつけている。
陽太が喜びそうな料理が多い。一度連れてきてやろうか。
そう思いながら紅葉色した金箔が所々にちらばる華奢なグラスに口をつけた。
そこへ個室のドアがノックされ開いた。
「お邪魔しますね」
杏果の母親の綾だった。
「ごめんなさい、お母さんがどうしても会いたいって言うから」
杏果がペコリと頭を下げる。
店に入ってすぐに杏果は化粧室へ行った。そのときに連絡をしたのか。大方、組事務所の近くで待機していたのだろう。
「奏多、悪いわね。一度会って話したかったのよ」
店員が入ってきてテキパキと綾の席の準備をしていく。
店主が顔を覗かせ、
「同じものでよろしいですか?」
「ああ、頼む。あと、ワインも」
綾の好きなワインを用意させた。
高慢ちきな顔で座る綾。その隣りで食事を再開する杏果。
ワインが届けられ、ワインのボトルを持ち綾のグラスに注いだ。
「ありがとう」
ん。これ美味しいわねと、ワインを嗜む綾。料理が次々に運び込まれ、親子で語らいながら食していく、奏多の存在を忘れたように。
奏多は黙々と酒を呷った。
「奏多さん、いつお返事いただけますか?」
あらかた食べ終わった杏果が見計ったように問いかけてくる。
「もう少し考えさせてください」
「いつまで待てばいいんですか?」
「お急ぎなら他をあたってください。貴女なら選り取り見取りでしょ?」
「奏多さんがいいんです。私、奏多さんなら澤本組の組長にもなれると思うんです。ねぇ、お母さん」
綾を見て肯く杏果。
「私、頑張って内助の功を発揮します!」
鼻息荒くテーブルに握り拳をドンと置く杏果。
「あはは、澤本組の?そんなのになる気はこれっぽっちもありませんよ、ご期待には添えませんね」
少し引きながら、 グラスを取り口をつけた。
顔には嘲笑が浮かんでいるだろう。
「どうして?男なら頂点に立ちたいものじゃない?」
綾が口を挟んできた。
「興味ありませんね」
「あら、金も入るし、女にもモテるわよ」
娘の結婚候補者の前でいけしゃあしゃあと言う綾。
「浮気は義母、妻公認と?」
杏果が綾を見てムッとする。
ハハハと、声を出して笑ってやった。
綾の眉間に皺がより、杏果が顔を顰める。
「陽太くんのせい?」
杏果がポツリと呟く。
「はっ?」
思わずまじまじと杏果の顔を見た。
「陽太くんが奏多さんを縛り付けているのね」
「それは違う」
「奏多さんに纏わりついてるわ!」
すーっと、顔から熱が下がった。
「そうだとして、お前に何ら迷惑をかけたか?」
「あの子なんて、晶子姐さんに任してたらいいじゃない!
奏多は持っていたグラスを握りしめた。
パリンと砕けたグラスの破片が奏多の指を傷つける。
杏果が驚愕の眼差しを奏多に向ける。
「言いたいことはそれだけか?」
奏多の腹の底から出たような低い声色に杏果が身体を震わせた。眼に怯えを宿して。
「奏多、何のまね?」
綾の冷ややかな声がする。
「ああ〜ん?」
鋭い眼差しで綾を睨みつけた。
「奏多にお稚児趣味があったとはねぇ〜」
綾が蔑む目でみてくる。
「それが?」
「杏果と所帯を持って跡継ぎ作れば後は陽太と好きにすればいい。杏果もそれでいいよね?」
それを聞いた杏果が絶句する。
「俺に傀儡になれと?」
ふふふと、綾が笑う。
一癖も二癖もあると思っていたが、それ以上だった綾。
娘が娘なら親も親。
「考えとくよ」
店の前で待機していた新田に先に帰れと声をかけ、一人繁華街を気ままに歩いた。
切れた掌から血が流れてワイシャツの袖を濡らす。シュルっとネクタイを引き抜き、それで覆い縛った。
そういや、陽太が中学の頃籠城して足を怪我して同じようにネクタイで縛った。
あの時に。
そう、あの時に誤魔化していた陽太への想いを認め離れる決意を固めた。
今がその時なのか…?
風俗の呼び込みが一般人のふりして声をかけてくる。もう少し、わかりにくくすれば良いものを。ギロリと睨めばハッとして怯えて逃げて行く。声をかけられるほど、腑抜けているのか、俺は。
この風俗は確か先月からみかじめ料を 滞納している。違法の呼び込みを始めるときは潰れるのは不可避なとき。
夜逃げされる前に債権回収するか。
少しだけひんやりした風を顔に受け、奏多はタバコを取り出した。
あぁ、ここは歩きタバコも条例で禁止だったな。
紫煙が風に流されていく。
馴染みのBARに行先を決めて、奏多は歩いた。
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