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奏多の熟慮断行⑤

深い眠りに落ちた胸の中の陽太をそっと離し、部屋を出た。扉が開く音に気づいた玄二が足早にやってくる。 リビングのソファーにドサッと座る奏多の前で玄二が膝をつき、陽太のスマホを渡してきた。 ガラスフィルムにヒビが入っていた陽太のスマホ。ロックを解除し着信履歴やメール、SMSを調べた。 陽太は記憶障害に陥ってからラインを含むSNSを一切していない。 大学の友人とも連絡をとりあっていない。 高校からの友人の淳にしたって、現在の陽太にとって、知らない人になる。 深夜1時を過ぎてから電話の着信履歴に誰かわからない着信があった。SMSにも続け様にメッセージが。 『お前は足手まといだ』 『役立たず』 『身辺に気をつけろ』 『邪魔をするなら、殺す』 『さっさと消えろ』 『死ね』 これなら、陽太でなくてもスマホを投げたくもなるだろう。 「プリペイド携帯だろうが、持ち主を突き止めろ」 「はい。佐倉の兄貴に頼みます」 「ああ、その方が早いだろう」 「陽太が起きてからでいいから伸也に診察を頼め」 「はい。わかりました」 「陽太から目を離すなよ」 「はい。絶対に」 どこの誰であろうと、陽太を巻きこんだつけを必ず支払わせてやる。 リビングいっぱいの窓の外はまだ暗闇。遠いビルの赤い点滅が微かに見える。 妙に不吉な暗示に見えて奏多は立ち上がり、ブラインドを下ろした。 バサリと調査書を机に放ち、椅子をクルリと回しながら口角を上げる奏多。 杏果が何故あんなに結婚を急ぐのか、調査書にその理由が記してあった。隣市の虎徹組の消費者金融からの多額の借金。焦げ付いてニッチもサッチもいかなくなっていた。 裏でアイツらに 糸を引かれているのは間違いないな。 程なくしてプリペイド携帯の持ち主も判明した。虎徹組の構成員にもなっていない、下っ端の情人の妹の契約したものだった。下っ端は情人の存在を誰にも明かしておらず図らずも、虎徹組との関係を炙り出すのに二日の時間を要した。 その間にも事務所の机の上にある陽太のスマホには容赦ないSMSは届いている。電話は当日以外一度もない。 プリペイド携帯を現在所持しているのは杏果。 勢いに任せて送ったのだろう、杏果と綾しか知り得ない、墓穴を掘ったものがあった。 これに片をつけるまで墓参りは延期。 すべて、片付けてから陽太とゆっくりと兄貴と姐さんの墓参りがしたいと思う。 伸也から精神安定剤を処方され、玄二や米田にも支えられて落ち着きを取り戻しつつある陽太。 もちろん奏多も早く帰るようにしている。 が…。べったりくっついてきたのは翌日までで、今は妙によそよそしい。 奏多のいない間も今までみたいに奏多のことを口にすることはないらしい。 晶子がやってきても部屋に引きこもり会おうとはしない。 あの夜に一回だけかかってきた電話。陽太は五分程相手と話している。 どんな内容だったのか。 陽太に訊いても何も答えない。ただ、涙を堪えて唇を噛みしめるだけ。 米田との勉強会は継続してやっているようだ。ただ、今までのように興味津々の明るい陽太ではないらしい。 何かを思い悩んでいるようで、たまに心ここに有らずになる。米田が集中しろと、拳骨を落とすのを躊躇うぐらいにその表情は暗いらしい。 その報告を玄二から聞かされるたびに奏多は暗澹たる気持ちになる。 奏多のこの憤りが全て綾と杏果母娘に向かうのは致し方ないだろう。 「頭、雑魚の後ろにいたのは虎徹組の次男坊です!」 「何だと!」 舎弟頭の田所が奏多の執務室に飛び込んできた。田所は例の不動産の案件に集ってきていた雑魚の後ろにいる奴を探っていた。 隣市の虎徹組。昭和の時代から虎徹組とは大きな諍いもなく、均衡を保っている。組長は稲郷と同じぐらいの年齢のはず。息子が二人いて長男の吉原賢は若頭で、堅実に組を支えている。ホストクラブの支店長は次男の吉原優。名は体を表すと言うが、吉原優は優柔不断な男で遊び呆けていると調査書にあった。 吉原優。 一体何をしようとしている。 人龍会を乗っ取るつもりか? さぁ。どうしてくれようか? まとめて片付けやる。 怒りに燃える奏多は冷酷な笑みを浮かべた。

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