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別れの予感①
陽太の様子がおかしい。
最初は例のスマホの件で落ち込んでいると思っていた。
時間が経つにつれ、そこから定番の斜め上思考に走っていると推察していた。
陽太が考えこむと録なことがない。奏多や玄二を始め周囲の者の共通認識だ。
しかし、現在の陽太は12才の陽太で。
それなら、それほど大したことはやらかさないと、甘く考えていた。
しかし。
最近、あれほど拒否をしていた晶子を部屋に引き入れ、話し込んでいる。
奏多や玄二には相変わらず何も話さない。
時を同時にして稲郷は米田に降って沸いたように遠方の仕事を頼んでいた。
今まで稲郷が米田に関わる事など全くなかったのに。
そして、奏多は稲郷の昵懇の組の跡目披露会の代理出席をたのまれた。行く気満々だったのに、何故今になって奏多に?
理由は野暮用が出来たとしか言わない。
わかりました。と、答えたものの、米田の仕事も奏多の代行も同じ日で、本当に偶然か?どうにも腑に落ちなかった。
その跡目披露会には関東連合会如月組の若頭の本田琥太郎も出席する。
前日に来阪した琥太郎が事務所に挨拶に来た。
「へぇ〜。明日は奏多さんが出席されるんですね」
「ああ、組長はいったいどこへ行く気なんだか」
「今もお出かけでしたね。いらっしゃると聞いていたんですが」
ここ最近、稲郷は事務所にじっとしていない。奏多を避けているようにも感じる。
「今晩は俺が美味い物を振る舞うわ。楽しみにしてくれ」
奏多のスマホが振動して。
「悪い」
そう声をかけて新田からの電話に出た。
「姐さんが明日北新地のレストランの予約をしています」
明日の午後二時。また明日か。
「わかった、引き続き調べてくれ」
スマホを切り思案する奏多。
「陽太くん、何か企んでるんですかね?」
人を飽きさせない子だなと、琥太郎がニヤリと笑う。
「本当に12才の記憶のままなんですかね?」
含みのある言い方。
奏多もそれを疑っている。
稲郷の居場所を確認したら、事務所近くの割烹にいるという。
「ちょっと会ってくるわ」
稲郷は周囲に女を侍らせて昼間から呑んでいた。
「親父話がある」
「急になんだ?」
面と向かって胡座をかいて座った奏多。
銀座のクラブのキャバ嬢が奏多の人睨みに笑顔を凍らせた。
「お前たちは帰れ」
「ああ〜ん?」
キャバ嬢を勝手に帰され剣呑な顔をしていた稲郷だが、奏多の口から話される、田所が探って来た不動産の案件で雑魚の後ろにいたのは虎徹組の次男坊と知ると口を噤んだ。
更に虎徹組と杏果が繋がっている話をすると、稲郷は驚き呆気にとられ激昂した。
既に奏多は虎徹組の若頭と秘かに会っていた。
若頭は弟の吉原優を切り捨てた。
「あいつとはとうの昔に縁を切っております。お好きにして頂いて結構」
「虎徹組の下っ端も動いているが?」
「あいつらも優と同様にもう組とは何の関係もない」
けんもほろろな答えでこちらが呆気にとられるほど。
だが、これで好きに動けるとほくそ笑んだ。
最近の人龍会は、組長である稲郷から奏多に求心力が移っていた。奏多が望まぬことであろうとも。だからこそ、稲郷は娘の杏果と所帯をもたせたかったのだ。
「陽太が杏果に会いたがっている。奏多に気づかれないように杏果と会わせてやりたいの、貴方協力して頂戴」
と、日頃頼み事一つしない晶子の頼みに一肌脱いだと、苦虫を噛み潰したように稲郷は話した。
可愛がっていた杏果の裏切りに顔の色を青から赤へ信号機の如く色を変えた稲郷は
「杏果を捕まえて、目の前に連れて来い!」
と、グラスを卓に叩きつけた。
「陽太の記憶は戻っているんですかね?」
「晶子は、そう言っていた」
「そうですか」
いつから記憶が戻っていたのだろうか?
奏多は全く気づかなかった。
何故、教えてくれなかったのか…。
陽太の口からではなく、稲郷から聞いたことが。
奏多よりも先に彼らが知ったことが思いの外、心に刺さる。
飛んで火に入る夏の虫の如く杏果に会いにいく陽太。吉原優がこの機会を逃すはずがない。
すぐさま、新田が北新地のレストランに急行した。
やはり、店長が金を掴まされ便宜を図っていた。オーナーに話をつけ、部屋に隠しカメラを仕掛け、部屋に出入りする店員のなりすましを琥太郎の組の舎弟頭に頼んだ。
NO1ホストの高山のところへいりびたっている杏果は組の者に見張らせている。
吉原優の居場所は未だつかめていないが、きっとやって来る。
準備万端で明日に備えた。
深夜、琥太郎と飲み明かしてマンションに戻った。
眠っている陽太の枕元に座り込み頬を撫でた。
「かなたん…」
ムニャムニャと口から漏れる声。
「お前、何を考えている?」
奏多の呟きに陽太が答える事はなかった。
当日レストランには先に杏果が高山とやってきた。
その後、虎徹組の吉原優と側近二人がレストランの中へ入った。
虎徹組の下っ端は車二台で様子を伺っていたが、奏多の配下の実動隊が片付けた。
奏多は玄二、新田、田所と共に隣りの部屋で隠しカメラを観ている。
玄二は晶子の予定通り何も知らない振りをして奏多が呼び出した。
晶子と陽太が側近を連れてレストランに入る。
「杏果さんは奏多を好きなんですか?」
陽太の発した言葉に失笑した。
杏果が奏多を好きなわけがない。
お前は一体杏果の何を確認したかったんだ?
二、三質問しただけで、席を立つ陽太。
晶子と側近二人が出てきた。陽太と部屋を出ようとした時に吉原優と高山が現れて、銃を向ける。
「いまだ!」
銃の手練れである琥太郎の舎弟頭がドアをノックする。
それからはあっと言う間だった。
吉原の手の銃を舎弟頭が弾じくと同時に、吉原の側近目掛けて玄二がツッコミ揉み合いになっている。
晶子の側近に庇われた陽太といえば、テーブルに脚をぶつけ、すってんころりんと転がったところを奏多がひっぱりあげた。
頭を打った訳でもないのに気を失っていた。
やはり、本調子ではないのか?
マンションに連れてかえる途中で陽太は目を覚ました。玄二は顔に痣をつくっているので事務所へ向かわせ、代わりに新田が助手席に乗っている。
陽太には尋ねたいことがたくさんあった。
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