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別れの予感②
本音を言わない陽太。
久しぶりに身体を重ねた。
甘えて駄々を捏ねる陽太。
可愛くて愛しくて、拙く誘うのに魅せる淫らな表情が奏多の劣情を誘った。
けれども。
ふとした瞬間に心に重石を抱えているような表情をする。
初めてさせる体位でも積極的にやろうとする。
これがまるで最後のように。
お前は何をそんなに抱えているんだ?
何がそんなにお前を追い詰めているんだ?
俺と一緒に生きていくのがしんどいのか?
辛いのか?
陽太、何を考えてる?
「陽太、気持ちいいか?」
奏多の与える快楽で落ちていけ。
何も考えずに俺に溺れてくれ。
「やぁ」
陽太の喉が仰反る。
先程の騎乗位から正常位に変えて。
陽太の胸の突起は淡い色から血色を滲ませていた。
ぷっくりとしたそれを口に含み、吸い上げた。
「はっ…あぁ」
シーツから腰が浮くほどに身体を折り曲げ突き上げた。陽太の眦から、涙が流れていく。
もっともっとだ。
「あぁっ……」
奏多はパンパンと高い音を響かせて何度も突き上げた。
陽太、離れるな決して。
濡れタオルを用意して、少し痩せた陽太の身体を清めた。陽太は気を失ったように眠っていて、全く目を覚ます様子はない。
陽太が眠ったら事務所へ行くつもりだったが、なかなか離れることが出来ず、意に反して手は陽太の背中を撫でている。
交代する予定だった玄二は既に待っているはず。未練がましく頬に口づけを落として。
意を決してそっとベッドを抜け出しリビングへ向かった。
「玄二、悪いな」
「いえ、大丈夫です。陽太さんは?」
「当分起きないだろうよ」
ニヤリと笑えば、玄二が苦笑する。
「帰ってくるまで頼んだぞ」
「承知しました」
杏果はまだ組事務所の地下に放り込んだままだ。杏果を稲郷のところまで連れて行かなくてはならない、
吉原や高山の処理は田所に任せている。既に処理は終わっているだろう。
晶子はあの後すぐに本邸へ戻った。
さて、稲郷は杏果をどうするだろうか?
海底か、最下層の風俗か、どちらかに沈めるのが妥当。
姐である晶子や奏多の身内である陽太の拉致未遂。虎徹組に情報漏洩。何よりも父親である稲郷を愚弄した。
稲郷のやり方次第では組員の反発を招くのは必死。奏多とて、生温い処置の仕方なら黙ってはいない。
組事務所へ向かうとビルの入口で新田が出迎えた。
「杏果はどうしてる?」
「それが」
新田が渋い顔をする。
「綾さんが来られています」
「二階か?」
「はい」
奏多は無言で二階の執務室の隣にある応接室へ向かった。
「奏多!」
部屋に入るなり綾にしがみつかれた。
「綾さん」
綾を引き離し、ソファーへ力ずくで座らせた。
「お願い、杏果を助けて頂戴」
この通りですと、頭を下げた。
高慢ちきなこんな女でも我が子は可愛いのか。
でも、お前らはやりすぎた。
陽太や姐さんを拐ってどうするつもりだった?お前らは吉原たちの企みを知っていたはず。
こうなって慌てても、もう遅い。
「どの面下げて言ってんだ?」
「奏多!」
綾に悲鳴のように叫ばれた。
呼び捨てにされる謂れはない。
「新田、捕まえておけ。組長の所へ連れていく、猿轡を忘れるな」
立ち上がった綾はいとも簡単に新田や舎弟達に拘束され、すぐに静かになった。
「行くぞ」
綾と同じように拘束された杏果。
地下室から引きずりだし、本邸へ向かった。
本邸付きの組員に案内されたのは、離れにある客室だった。
ここは組長の母堂が晩年を過ごした部屋で、今はほとんど使われていなかった。
上座に稲郷が、隣に額にガーゼを貼った晶子が座っていた。
「奏多、すまなかったね」
開口一番晶子が頭を下げた。
「いや姐さん、陽太が我儘を言ったんでしょう。こちらこそ申し訳ありませんでした」
奏多も手をつき頭を下げた。
稲郷は奏多らがやって来てから腕を組み、眼を瞑ったままだ。
「親父」
奏多の呼びかけに稲郷は眼を開け、視線を寄越した。
「奏多、この度はすまなかった。この通りだ」
「親父、やめてくれ」
頭を下げる稲郷に声をかける奏多。
「奏多、俺は責任を取って引退する。跡はお前に任せた」
「なっ!親父、それは」
「後、この二人だが。綾はこいつを欲しがっていた奴に飼わせる。杏果は…この通りだ、俺に任せてくれ」
再び、手を付き頭を下げる稲郷。
組長の座を降りてまで我が子を助けたかった稲郷。それを責めることを奏多には出来なかった。
「わかりました。親父のやりたいように」
「すまねぇ、連れて行け」
奏多の知らない男達が現れ、杏果と綾を担ぎ出した。
その後、杏果と綾は何処かへ姿を消し二度と目の前に現れることは無かった。
急遽、組長に推された奏多。
稲郷の動きは早く、奏多に有無を言わせず話を進める。上部組織である澤本組へも話が通っていて数日中には幹部会が開かれ承認される予定だという。その幹部会には毎月奏多も出席していて、臨時の幹部会が開かれるなどの連絡は来てなかった。
昨日の今日で稲郷は、一体どうしたのか?
確かに稲郷と澤本組長は、親密な仲だ。奏多の父親のこともよく知っているらしい。
奏多に断る選択肢は、はなから用意されていなかった。
これはポジティブに考えるしかないと、奏多は腹を括った。
組長になれば出来ることも沢山ある。
組の跡継ぎは実力主義で決めれば良い。
血筋など関係ない。
陽太が憂いている事柄の一つはきっとこれだ。これを知れば陽太の心が軽くなる。
そう思うと、組長になってのし掛かる幾多の厄介事もやっていける気になる。
奏多は組長になる重圧よりも陽太の心の憂いの軽減を取る。
陽太に報告しないとな。
マンションの奏多のベッドに眠る陽太に思いを馳せた。
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