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別れの予感③
眠る陽太の隣りに潜り込んだのは明け方に近かった。
相当疲れていたのだろう、奏多が引き寄せ抱きしめてもピクリともしない。
陽太を胸に抱えたまま、眼を瞑った。
微かに聴こえる笑い声。
眼が覚めたのは昼に近かった。隣に陽太はいない。
起き上がりリビングへ。
下にスウェットを履いただけの格好で扉口に凭れた。
ダイニングテーブルに座り、キッチンの中にいる玄二に笑いかける陽太。
手にはフォークを持っている。
「あっ。頭、おはようございます」
玄二の声に陽太が振り向いた。
「かなたん、おはよ!」
「陽太、早いな」
「もう、昼だよ!僕、立てなかったんだよ!腰が…」
ハッとしてゴニョゴニョと最後は尻切れトンボになった陽太。
話の途中で玄二がいることを思い出したのだろう。
「もう!」
真っ赤な顔でプリプリ怒る陽太。
「すまんな、腰、撫でてやろうか?」
「い、いらないよ!、それより早く顔を洗って」
陽太をからかうのは楽しい。
のそのそとリビングを横切り洗面室へ。
腹をゴシゴシと掻きながら歩いていたら。
「まるっきり、親父!」
と、陽太がぶつくさ言っていた。
シャワーを浴びてさっぱりして、タオル片手に戻ったら陽太はパンケーキにかぶりついていた。
陽太の前の席に着いた奏多。
「どうぞ」
と、空かさず置かれたブラックコーヒー。
奏多は毎朝起きてすぐに飲むので、玄二も心得ている。
「おう」
ありがとうよと、奏多は一口口に含んだ。
「かなたんもパンケーキ食べる?」
「いらん」
「えー。美味しいのに」
「玄二、軽いのを何か作ってくれ」
「はい、ただいま」
美味そうに一心にパンケーキを食べる陽太18才。
齢など幾つでもいいと思うのはいけないことだろうか?陽太が幸せそうなら、それで十分と思う。12才であろうと18才であろうと。陽太は陽太なのだから。
5分も経たぬうちに玄二はご飯にあさりの味噌汁、卵焼き、焼鮭、ほうれん草の胡麻和え、豚しゃぶと温野菜の柚子風味と、レパートリー豊かにテーブルに並べた。
「美味しいそぉ…」
パンケーキを食べ切った陽太がよだれを溢さんばかりに見つめてくる。
「陽太さんも召し上がりますか?」
「うん!」
玄二に同じものを用意してもらい、嬉しそうに食べる陽太。
幼い表情で、昨夜の色っぽさなど、微塵も残ってない。著しい対比と半ば感心しながら、味噌汁をすすった。
「あ〜美味しかった〜」
しっかりと食べきり腹をさする陽太。
茶を啜りながらしばし眺めた。
「陽太、いいか?」
「ん?なに〜」
完全にふにゃけきった、返答。
「親父が引退した。俺が組長になる」
「…へっ?」
「俺が人龍会組長になる」
「…………。そう…」
「喜んでくれないのか?」
「ん…。おめでとうございます」
ペコリと頭を下げる陽太。
「おめでとうございます!」
馬鹿でかい声の主は90度頭を下げた玄二。
「かなたん、大丈夫なの?危なくない?」
「ああ、大丈夫だ」
「僕も、僕も頑張るね」
にっこりと笑う陽太。
「佐伯さんに大学の手続きとかいろいろ相談したいんだ。連絡を取りたいの」
そう、陽太に頼まれた。
「わかった。手続きは佐伯に頼んだらいいが、相談は俺がのる。いつでも時間をとるぞ」
「うんありがとう、かなたん」
その後、奏多は組事務所に向かい、陽太は玄二に頼んで佐伯に連絡を取った。
それから目まぐるしく日々が過ぎていく。
毎日は無理でも三日に一日はマンションに帰るようにして、陽太と顔を合わせた。
「陽太、これからの人龍会は血縁は関係ない。実力主義でいく。
それは襲名の席ではっきりと告げる。今のところ、反対意見は出ていない」
「これから、人龍会は変わっていくんだね」
ホッとしたように頷く陽太。
そして。
「かなたんの仕事を一緒に出来るようになるよ」
奏多と同じように院まで進みMBAを取得したいらしい。
陽太は新しく入り直すと言って大学を退学した。
これからの極道は英語も必要と英会話を習い出した。
明るくハキハキと自分の未来を話す陽太。
以前、見せた虚げな表情。
あれからも何度も陽太を抱いているが、一度も見てはいない。
奏多の気のせいだったのか。
慌ただしく、しかし、充実した毎日。
奏多は精力的に動いた、自分と陽太と、組の未来のために。
組長襲名を終えたのは翌年一月のことだった。
そして。
奏多が正式に組長になり、奈良のお水取りが終わり、寒い冬が終わりを告げ、暖かい春がやってくるこの時期に。
陽太の口から爆弾が投下された。
久しぶりに早く帰れた奏多。
ダイニングの食卓を一緒に囲み、玄二が作った夕食を食べた。
リビングのソファーに場所を移して。
ガラスキャビネットからグラスを取り出し、バーボンを注ぐ奏多。
大好きな乳酸菌飲料の入ったグラスを持った陽太。
「飲むか?」
「いらないよ!」
奏多が笑いながらバーボンを一口口に含んだその時に。
「かなたん、四月からアメリカへ行ってくるね。九月からアメリカの大学に行く。MBA取得までしてくるつもりだから」
決定事項のように話す陽太。
「相談もなしに決めたのか?」
グラスが音を立ててテーブルに置かれた。
「相談したよ、MBA取得するって言ったよ。まぁ、取得する場所を言わなかったけどね」
「そんな言い草が通用すると思うのか?」
「通用するとかしないとか、関係ない。僕の人生は僕が決める」
平然とグラスを口にする陽太。
パン!
パーン!
ドサ!
ドラマのように沢山の効果音がリビングに響いた。
仁王立ちする奏多にソファーに倒れ込んだ陽太。
キッチンにいた玄二はビクともしない。
陽太はゆっくりと起き上がり、手のひらを頬に当てている。
口には血が滲んでいた。
「お前は!一体何を考えてるんだ!」
「いっぱい考えて決めたんだ。止めても行くよ!」
上を向き、キッと睨みつけてくる陽太。
泣き虫の陽太が泣いていなかった。
ああ。
「好きにしろ」
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