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旅立ち③
奏多が陽太のいるマンションへ帰ってきたのは出発の二日前だった。
何の前ぶりもなく、日付けが変わる直前に唐突に帰ってきた。
あの日新田に頼み込んだものの、一向に連絡もなく気持ちばかりが焦っていた。
エントランスではなく、居室前のインターフォンが鳴り、玄二が慌てて玄関へ走る。
毎晩奏多を日付けが変わるまでソファーで丸まって待っていた陽太。ローテーブルには氷の溶けた白くて甘い飲み物。
今日もダメかと、出かけた諦めのため息を引っ込め、慌てて起き上がり玄関の方へ視線を向ける。
「かなたん…」
奏多がスーツの上衣をぬぎながら、リビングへ入ってきた。
出迎えた玄二が一礼をして自室に引き上げていく。
チラッと口角を上げて陽太を見て。
リビングに二人きり。
陽太の心臓はバクバクと音を立てている。
ソファーから立ち上がり尋ねた。
「何か食べる?」
「いや、食べてきた」
「そう…」
途切れる会話。
いっぱい話したい事があるのに言葉が出ない。
木偶の坊のように立つ陽太のそばを通り、奏多は上着をソファーに掛けると、キャビネットに向かった。
何か飲むのかな?
奏多が酒瓶とグラスを取り出している。
「お前は白いのがあるな」
振り向いた奏多が笑いながら話す。
「う…」
久しぶりに自分に向けられた奏多の笑顔。
あんなに怒っていたのに…。
もう怒ってないの?
それとも、僕なんかどうでもよくなった?
ぎごちない笑顔しか返せない。
ソファーに座った奏多はローテーブルに置いたグラスに酒を注ぎ、グイとグラスを傾けた。
「アメリカで酒はやめとけ」
「うん。そうする」
恐る恐るソファーの端に座った。
「もう、準備万端か?」
奏多が陽太を見つめる。
「うん。ごめんなさい、かなたん」
陽太の眉が下がったのを見た奏多の手が伸ばされて…。
「うぅ、痛い!」
強烈なデコピンをされ、思わず額を抑えた。
奏多が背もたれにあった上衣の内ポケットから何かを取り出した。
「これを持っていけ」
ホラと渡してくれたのはシルバーのクレカ。
「これって…」
「海外で使える特典がいろいろあるらしい。一番お勧めだとよ」
「え…でも」
「親の金はこれ以上使うな。向こうでの支払いは全てこれを使え」
「そんな、こんなすごいカード使えないよ!」
再び、ショットグラスに酒を注ぐ奏多。
「いや…。使ってくれないと困る」
「えっ?」
「どうせ、お前は連絡してこないつもりだろ?」
グィっと誤魔化すようにグラスを呷る奏多
「……………?」
「………………………」
「…………。えぇっ?」
「とりあえず、ジュース一本でもこれを使え!わかったな!。それが、お前をアメリカへ送り出す俺の唯一の条件だ!」
心なしか奏多の顔が紅い気がする。
「…かなたん、僕のストーカーするつもりなんだ…」
したり顔で笑顔を向ければ
「煩い!生存確認だ!」
背中を向けた奏多。
その背中に向かって飛びついた。
「うわっ!!」
奏多がソファーに手をついた。
「かなたん、ありがとう!使わせてもらうよ」
「ああ、そうしろ」
ストーカーされて喜ぶ陽太も大概だ。
だが、それは陽太にまだ執着があるということ。好きな相手に執着されたら嬉しいに決まっている。
「このまま、聞いてね」
背中に抱きついたまま、奏多に心の内を語り尽くそうと思った。
「僕は未来永劫かなたんと一緒に生きていきたいです。日本にいたらずっとかなたんの庇護の元ヌクヌクと暮らしてしまうから海の向こうのアメリカで勉強してくる。
僕が入学するのはビジネス教育を行っている大学でね。起業家プログラムが最も強いんだ。かなたんみたいに、会社を立ち上げれるように頑張ってくる。
誰も頼ることのできない世界で頑張ってくる!
MBAもアメリカって思ったけど、そうしたら八年ぐらい帰ってこれないだよね。
佐伯さんに日本でアメリカのMBAを取れる方法もあるってきいたから、そうしようかなぁって、思ってる」
一気に喋って息をついた。
奏多は巻きついた腕を外しクルリと反転して陽太を抱きしめてくる。
「陽太、四年で帰ってこい。八年は長すぎるだろ?俺がくたばってるかも知れん」
頭を撫でて額をくっつけてくる奏多。
弱々しく笑う奏多を初めて見た…。
かなたん、僕がいなくなるの悲しいの?
あぁ、な〜んだ。
かなたんも僕と一緒じゃないか。
「かなたん…。愛してるよ、ずっとずっと一緒にいて」
「じゃあ、アメリカなんか行くな!」
「ずっと一緒にいるために行くんだよ!」
「何でだ?意味がわからん」
「今のままじゃ駄目なんだよ!バカかなたん!」
「陽太、俺を捨てるな」
「何言ってんの?捨てないよ!」
奏多の頭を抱え込んだ。
かなたん、僕より弱ってる?
「絶対帰ってくるから!」
「当たり前だ!」
「それまで元気で待ってて」
待てるかわからん…。
と、呟き陽太の肩に頭を置いた。
しばらくそのまま抱き合った。
「早く帰ってこないとヨボヨボになってるぞ」
思わず吹き出した。
奏多がこんなことを言うなんて。可愛いと思ってしまう。
「ヨボヨボのお爺さんになったら僕が介護するから任せて!」
「おう!下の世話も頼むわ!」
「……。どの下の世話?」
「ん?両方?」
「もう!」
陽太の腕から抜け出した奏多の手が頬を滑る。
ああ、奏多に平手打ちされた頬。気にしていたのか?
「もう、全然大丈夫だよ」
「すまなかったな」
奏多が何度も頬を撫でる。
今日の奏多は弱々しくて。いつもと全然違う顔を見せる。
「かなたん…」
唇が自然と重なる。
奏多に啄むようなキスをしかけて。
何も知らない無垢な陽太に一からあれやそれを教えこんだのは奏多だ。
僕上手く出来てる?
ドキドキしながら必死に奏多の口腔を舌で弄った。
奏多が内心ニヤリとしながら、忍耐強く拙いキスを受けていた事を知る由もなく。
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