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くねくね道の途中③

陽太が留学する大学はアメリカ東部のハーバード大学と同じ州にある。 白人の占める割合が約半分で、アジア系の人種が二割弱いて、留学生は約三割。いろいろな人種、民族、国の人と交流が出来そうだと眼を輝かせていたらしい。 陽太がアメリカへ旅立って、早一ヶ月。 奏多は相変わらず忙しくしている。 陽太のいないマンションへ帰らず、事務所から近い北のマンションへ帰っている。 奏多も陽太もいないので、玄二はマンションを出て、佐伯の所で同居することになった。 そのかわりに週に一回掃除に通っている。 佐伯が妬ましく、目の前にいた玄二にわざと泊まりの仕事を押し付けたりして、鬱憤を少しだけ晴らしている。 今までに二度陽太から近況報告の写真付きのメールが入った。 声を聞くとホームシックになるからと電話はかかってこない。 陽太は前向きに頑張っているが、置いていかれた奏多はそうもいかない。 皆の前では何事もなかったように過ごしているが、一人になったら心にポッカリと穴が空いたようで、陽太のメールに目を通しては、酒を呷る。 不惑の40を迎えて。 迷わず自分の道を進めているのかと、訊かれれば、自分の道を進んでいるのは陽太であり、奏多ではないと答えるだろう。 結局のところ奏多は陽太ありきで生きてきた。陽太を育てていたのではなく、陽太によって、奏多は生かされてきたのだ。 窓の向こうを見つめては、アメリカはどっちだ?なんて、考えていることを陽太に知られたら、嘆かれるのは間違いない。 表面上は平気な振りで、内心はジュクジュク、ウジウジ過ごす日々。 呆然とした春。 後悔の嵐だった夏。 途方に暮れ見上げた、秋の遠い薄青の空。 ようやく陽太がいないことを受け入れられたのは、三つの季節が通りすぎてから。 情けない格好を見せるわけにはいかない。 陽太がアメリカに行くと知らなかった初春の頃は組の改革を始めようとしていた。 元々、なる気もやる気もなかった人龍会組長だった。 だが、やると決めればやりたい事や変えていきたい事が次から次へと出てくる。 暴対法が施行されてから、人龍会は徐々に 頭脳を使った企業活動を行うようになった。最初の真っ当な企業活動を行う会社を立ち上げたのは奏多だ。 現在、人龍会は大小かなりの会社を経営している。奏多が社長として全面に出ているのは、事務所の隣りのビルの経営コンサルティング会社と、飲食店関係だ。 後は顧問として名を連ねている。 落ち落ちしていられねぇな。 まずは陽太が帰ってくるまでに新たに自分の会社を立ち上げ軌道に乗せる。 それを陽太に任せたいと考えている。 未来に夢を馳せる毎日。 陽太の拠点はボストン。ボストンの観光名所はもとより、足を延ばした旅先でクレカを使っているようで、調べてみればいろんな地名が出てくる。 今月はマンハッタン。どうも一泊二日の旅のようだった。 連れは、ルームメイトの中華系シンガポール人。陽太と似たような姿形の青年。 日頃は英語で会話しているようだ。 人恋しい夜は酒を片手にパソコンを開き、メールやクレカの使用履歴を確かめるのが、奏多の密かな楽しみになっている。 陽太からは相変わらずメールしか来ない。 たまに写真付きだが。 記されいるのは楽しい前向きな言葉ばかり。 写真もいつも笑顔で。 きっと辛いことも沢山あるだろうに奏多に何も伝えてこない。 そこに陽太の強い意志を感じる。 奏多も負けてはいられない。 陽太がアメリカへ行って四年目の冬。 どんよりとした冬のグレーの空の下。 陽太が旅立った後に、奏多が立ち上げた派遣業とコンサルティングを主に行う業種の会社は順調に実績と利益を生み出している。 奏多は取引の締結のため、瀟洒なビルを訪れていた。 ビルの三階にある語学学校の本社社長室。 依頼されたのは、日本各地に散らばる学校の組織改革とコスト削減。 父親の死から語学学校を引き継いだ二代目若社長は、学校が赤字に転落していることを初めて知った。そこから死に物狂いで会社を立て直す方法を模索して、東京の本田琥太郎の紹介で奏多のところへやってきた。 紆余曲折の後、無事に調印を済ませて、その後ホテルで会食。 琥太郎の後輩である若社長は、終始上機嫌で琥太郎との昔話を面白おかしく話して聞かせる。 その話を聞きながら、陽太も色々な国の友達と絆とやらを作っているのだろうか?と、思いを馳せた。 お開きになり、ほろ酔い加減の若社長をホテルの正面玄関にて見送った。 「社長、すぐに迎えの車がまいります」 新田の言葉に奏多は頷く。 その場で迎えの車が移動してくるのを待ちながら、早速今回のプロジェクトリーダーである鎌田をスマホで呼び出していた。 鎌田は奏多直々に外資のコンサルティング会社からヘッドハンティングした。 「鎌田、俺だ。今、帰られた。明日から頼んだぞ……」 ふと気配を感じて、視線を向けて…。 一瞬のことだった。 側にいた、新田を含め側近たちが止める間も無く。 ベルボーイの格好をした若い男が奏多に抱きついた。 「組長!」 新田に引き離された若い男の手から落ちる血に塗れたバタフライナイフ。 ゆっくりと、座るように倒れていく奏多。 怒声と叫び声と、車の急ブレーキの音。 騒然とする、高級ホテルの正面玄関。 「…ザマァねぇ…な」 「組長、喋らないでください!」 新田が奏多の脇腹から噴き出る血をタオルで必死に押さえている。 陽太…、すまねぇ。 冷静沈着な新田が公衆の面前で組長と呼ぶのが可笑しく、口角を上げて…。 そこで奏多の意識は途絶えた。

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