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くねくね道の行き着く先①
『 』は英語
「 」日本語です。
19才の春、陽太は嗚咽をこらえながら、飛行機に乗った。座席はエコノミークラスだったのを奏多がビジネスクラスに変えてくれていた。
恐れ多いと断ったのだが佐伯に
「これぐらい受け取ってやれ。最初はファーストクラスだったんだよ?」
と言われ、
「ビジネスがいいです」
と、ありがたく受け取った。
後から考えれば替えてもらって良かったと思う。国内線はもとより、アメリカに着くまで陽太は泣きっぱなしだった。エコノミークラスだったら周りの人にひんしゅくを買っただろう。それくらいの泣きっぷりだったと、我ながら思う。
奏多にアメリカ行きを伝えてからこの日まで、出来る限り泣かないように頑張ってきた。
奏多と空港で別れてから箍が外れたのか、涙が止まらなかった。
奏多の本音を聞けて。
奏多の弱みを見せられて。
どんなに奏多に愛されていたかを思い知った。 自分が奏多に執着に似た愛情を持っているように、奏多もまた同じような愛情を示した。
共依存と言われるような関係。
そんな奏多を振り切ってアメリカへ飛び立った陽太。
これでよかったんだ。
自分の行動は二人の未来に必要なこと。
そう思っても、涙はとどまる事を知らなかった。
念入りに下調べをしていたおかげで、迷わず大学のある場所まで辿り着いた。
陽太の大学の寮はキャンパス内にある。アメリカの大学はだいたいそうだ。
寮にはカフェテリアがあり、食べることに困る事はない。
キャンパス内で生活の大半が事足りるのだ。
右も左もわからない陽太にとって、それはありがたかった。
寮の部屋は二人部屋でルームメイトのシンガポール人のリーは一つ年上で、陽気なナイスガイ。
後々、生涯の友人となる人物だ。
リーは陽太と同じくアメリカは初めてで、生い立ちも似ていた。やはりリーも両親を早くに亡くし、妹と共に祖父母に育てられていた。
いろいろと片言英語(陽太のみ)で話すうちに仲良くなり、大学内外で行動を共にする様になった。
一人でいくつもりだったアメリカ観光もリーと連れだって訪れた。
リーには正直に奏多は育ての親であり、恋人だと伝えた。
リーはびっくりするほど、すんなりと受け入れてくれた。
リー自身もバイらしくニヤニヤしながら、
『陽太は好みだったのに、残念』
いやいやいや。
僕は奏多オンリーです。
リーや大学の友達、寮のメンバーと忙しくも楽しくあっと言う間に毎日が過ぎていく。
それでも、奏多が恋しい夜にはベッドの枕元にある奏多の写真を手にとり、メールを打った。
奏多から返信は必ず来た、短いのが。
元々口下手であまり喋らないほうだったから、期待はしていなかったけど。
もう少し、なんか、愛の言葉など、無いのかな?なんて、思ったりする。
アメリカへ来て二回目の秋の日それは起こった。
大学が休みの日で、ルームメイトのリーは彼女とデートで朝早くから出かけていた。
陽太は溜まっていた洗濯を済ませてから、近くのショッピングセンターへ出かける予定だ。夕方、このショッピングセンターで、稲郷と晶子夫婦の息子と落ち合うことになっている。晶子から連絡があり、こちらへ出張で来るらしいので、会ってみたら?と、勧められた。
奏多より三才年下の三十七才。
どんな人か楽しみである。
ボストン市内はバスや地下鉄が充実して、どこにでも行きやすい。ショッピングセンターへはバスで行くつもりで、バスの時間を調べて、それに間に合うようにランドリーまで、エッチラオッチラ洗濯物を運んだ。陽太の部屋からランドリーのある棟まで歩いて三分、微妙に遠い。陽太がカゴいっぱいの洗濯物を運んでいると、誰かしらが手伝ってくれる。
ふふふ、いい奴ばかりだ。
ただ、cuteやprettyと言われるのは納得できない。
小柄な陽太だが、アメリカへ来てから身長が二センチ、体重が三キロ増えた。朝晩の寮のカフェが食べ放題で大雑把な味かつ、高カロリーなのだが、周りに釣られて食べ過ぎてしまう。
あぁ〜,玄二の作ってくれる卵焼きや、味噌汁が食べたい……。
洗濯物が乾くのを待つ間、外のベンチで柔らかい秋の日差しを浴びながら、ボストンの観光マップをパラパラめくっていた。
『陽太、もう終わるのか?』
そう英語で話しかけて来たのは、日系アメリカ人のイアン。背が高く185はあるだろうか、ガタイもよく玄二に背格好は似ている。
イアンは陽太が英語が片言だった頃から何かと話しかけてくる。現在は何とかスムーズに会話できるようになった。
リーからあまり関わるなと忠告されている。リーは英語が堪能なので、その分友人も多くて情報量が陽太よりかなり多い。イアンのよくない噂を耳にするらしい。
それを踏まえて陽太も誘いには乗らないようにしている。
『うん。もう少しかな?』
「終わったらどこかへ出かけないか?」
『う〜ん。ちょっと今日は買い物に出かける予定なんだ』
『ふーん。残念』
『ごめんね』
手を振りイアンは元来た道を戻って行った。
洗濯物も乾き、部屋に戻って片付けてショッピングセンターへ出発した。キャンパス前の停留所から出るバスなので、乗客は学生ばかりだ。
離れた座席にイアンを見つけた。
イアンも出かけるのかなぁ?なんて、そのときは軽く考えていた。
アメリカのファストファッションであるオールド◯◯◯。ヒップホップ系ファッションで、生活雑貨も売っていて、陽太のお気に入りの店だ。
パジャマ代わりの長袖のルームウェアーや、薄いジャンバーを購入して。
遅い昼食を取るためにフードコートに向かった。比較的空いていて、ここで、待ち合わせの時間までいたらいいかと、長居するつもりで窓際の隅の方のテーブルに落ち着いた。すぐ近くの通路にトイレもある。
ここに日本食はないがヌードルとチャーハンを売っている店がある。ヌードルはパウチーがドッサリ入っていて陽太は苦手だが、チャーハンは日本で食べているのとは程遠いが、結構いける。
早速、頼んだチャーハンを口に頬張った。
何となく、日本のチャーハンに味が似通っていて、懐かしい。
パクパクと食べきり、コーラを飲んでいたら
『美味かったか?』
そう声を掛けてきたのは、イアンだった。
『イアン…』
『陽太もここへ来てたのか?そうなら、一緒に来たら良かったな』
『まぁ…』
こういう場面でいつも陽太は機転の効いた言葉を言うことができない。
『今から一緒に遊ぼうぜ』
陽太の前の席に座ったイアンの有無を言わせぬ物言い。いつのまにか、隣りのテーブルにはそれをニヤニヤ見ている男が三人。
大学でイアンとつるんでいる仲間だ。
『あぁ、ごめん。まだ用事をすませてないんだ』
『オレらが一緒に行ってやるよ』
イアンに腕を掴まれて、立ち上がらされた。
『やめろよ!』
その腕を振り払った。
周囲を仲間三人に囲まれて、そのうちの一人がナイフをちらつかせた。
『行こうぜ』
隅の席に座ったのが仇となり、通路へと連れ込まれた。周囲は離れているからか、気づいてくれない。
『どこへ行く気だ!』
『まぁまぁ、騒ぐなよ』
と、イアンまでが取り出したナイフでピタピタと頬を叩く。
通路の向こう側にはエレベーターがあり、駐車場へ繋がっていた。
えっ、車?
乗り込んだエレベーターは上昇していく。
エレベーターが止まり、扉が空いたが誰もいなかった……。
かなたん…助けて!
ズルズルと引きずられて。
「陽太くん?」
えっ?日本語!
声の方へ顔を向ければ、髪の毛を後ろで一つに括った男がシボレーのSUVから、降りてくる。
「助けて!」
陽太と呼んだ男の動きは速かった。向かって行った仲間三人をあっという間に倒した、ナイフを持っていたのにも関わらず。
えっ?
驚いたのはイアンもだろう。
手に持つナイフが震えている。
それはあまりにその男が醸し出す雰囲気が怖かったから。
『ナイフを渡せるな?』
イアンはいとも簡単にナイフを渡し投降した。
それからその男はスマホを取り出してどこかへ連絡し、警察がやってきた。
「陽太くん、もう大丈夫だよ」
「雄一郎さん…」
もうこの人は稲郷の息子の雄一郎でしかあり得ない。
「少しだけ、警察に顔を出さなくてはいけないんだ。ごめんね」
優しい顔に戻った雄一郎に連れられて、アメリカの警察に行き事情を話した。
イアン達は逮捕されてしまった。
それに対して最初は躊躇したけれど、陽太以外にも輪姦の余罪もあるようで許すことは出来なかった。
雄一郎が偶然にあの場にいなかったら、陽太も他の人と同じように傷つけられていただろう。
雄一郎ははっきりと言わなかったFBIのようだ。
FBI…。
親の稲郷と相反する職業。
「びっくりした?」
「はい」
「俺が日本に帰らない理由はこれ。昔から憧れていたんだよね」
と、笑う雄一郎。
今日買って置き去りにした服は、やはり無くなっていて、雄一郎の提案で違うショッピングモールに来ていた。
雄一郎が同じような物を高そうな店で購入してくれた。
固辞したけれど
「今日会った記念に。これで怖かった思いを払拭してよ」
と、先程とは打って変わった優しい笑顔で言われ頷いていた。
晶子に似た包み込むような優しさ。
ホームシック気味だった陽太の心に染み込む暖かさ。
日本食のレストランに連れて行ってもらい、日本食もどきではなく、日本で食べる日本食にありつき会話も弾んだ。
「これからも、連絡を取り合おう。何でも相談してな。奏多さんの代わりにはなれないけどな」
ぶっ!
茶目っ気たっぷりに言われ飲んでいたお茶を吹いた。
久しぶりの緑茶なのに。
奏多に会いたい。
どうしているのだろうか?
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