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くねくね道の行き着く先②

ボストンに一か月程いると言った雄一郎。 お互いの休みがあった日に大学まで迎えに来てくれて、アメリカの発祥の地と言われるプリマスまで連れて行ってくれた。イギリスから新天地を求めアメリカに渡った、ピルグリム達が最初に上陸した場所だ。 プリマスには以前にもリーと一度来たことがあるのだが、リーはあまり興味がなかったようで、サラリと観光しただけで、早々に引き上げた。 入植時の生活や文化を忠実に再現したプリマスプランテーションに足を運ぶ。 雄一郎はアメリカの歴史にとても詳しく陽太の質問にも丁寧に答えてくれる。 「雄一郎さんは本当に詳しいですね」 「そりゃ〜ね。何度も足を運んだ、僕の原点だしね」 「へぇ…」 「あはは、不思議そうな顔してんな」 「はぁ…」 その後、ウォーターフロントに位置するショッピング モールのレストランに腰を落ち着けた。 海から吹く潮風が心地よい。 雄一郎はシーフードリゾットを、陽太はロブスターテイルを頼み、シェアして食べた。 巨大なクリームブリュレを前に目を白黒していると、雄一郎の快活に笑う。 「陽太くん、凄いだろ?アメリカって」 「はい。何もかもがスケールが大きくて」 これもと、目の前にドンとあるクリームブリュレを指差した。 二人でヒーヒー言いながらその巨大デザートを食べ切った。 二人、やれやれとお腹をさすりながら遠くの海を眺めた。 ポツリポツリと昔話をする雄一郎。 「俺はね、世話を焼いてくれる組員の行動がどうしても理解できなかったんだ。組長の息子ってだけで傅くんだぞ。一度、バカをして小学生の頃腕を骨折したんだ。その時の世話役が半殺しの目にあってた。おかしいだろ?俺が悪いのに」 当時を思い出したのだろう、苦々しい表情をする雄一郎。 「たまたま、中学生の時に観た映画の主人公がFBIで、目の前がパッと開けた気がしたね。ああ、俺はこちら側の人間になりたかったんだと。FBIになる方法を調べて可能性はあるって判ったら、絶対になるって思ったんだ。止めてた武道を再開して、英会話を習い始めた」 「えっ?そんな頃から計画してたってこと?」 「そうさ。高校でアメリカの短期留学して下見をしたんだ。大学は俺もボストンだよ」 雄一郎はコーヒーカップに口をつけながら海の方を向く。 「プリマスロックを眺めながら思ったものさ。ここに入植して、困難に打ち勝ったピルグリム達に負けるものかと」 短期留学から、日本に帰った雄一郎は母親である晶子にだけ自分の気持ちを話し協力してもらった。晶子も息子は極道になる気はないと、薄々思っていたと。まさか、相反する組織の一員になりたいと言われるとは思わなかったらしいが。日本ではなく、アメリカを選んだことに晶子は息子の気遣いを感じのかもしれない。 何も言わず莫大な大学費用は晶子が出してくれたらしい。 「親父は知らないが、大学入学で日本を経つ前に身辺整理をしてアメリカに来た。二度と帰るつもりはなかったから。 まぁ、手っ取り早く永住権を得るには結婚するしかなかったんだけどね」 口角を上げウィンクする雄一郎。 あれ?現在は独身だと聞いたはず。 「四年前に離婚したんだ。おっと、そんな目で見ないでよ。俺のせいじゃないからな。相手の浮気だ!浮気!」 ジト目で睨む陽太に雄一郎は慌てる。 大学に入ってすぐに知り合った金髪碧眼のアメリカ人の女性。雄一郎にとってアメリカそのものの人。雄一郎から話しかけ、友人になり、告白して付き合いだした。大学卒業と同時に結婚。雄一郎はニューヨークの商社に勤め、彼女はファッション誌の業界に飛び込んだ。そして、雄一郎はグリーンカード(永住権)を取得。 「それから、五年後俺は日本国籍を放棄し、アメリカ国籍になったんだ。ようやく、なりたかったFBIに挑戦できた。親がジャパニーズマフィアだからねー。駄目元だったんだけどね。でも、19で渡米してから一度も日本へ帰ってないし、身内がこちらに来た事もない。永住権どころかアメリカ国籍を取得している。柔道と空手は両方段持ちだしな。面接官の一人が日米のハーフでな、俺の熱意を認めてくれて、これほどの適任者はいないと、周りを説得してくれて、今その人が俺の上司さ」 さも、こともなげに話す雄一郎。でも、並大抵ではない努力と不屈の精神で目標まで到達した。現在進行形で更なる高みへと邁進している。 純粋にすごいと思った。 陽太なんて、到底太刀打ちできない。 「奏多さんには…」 「えっ、かなたん?」 「俺がアメリカに来る前に何度か会ったことがあるんだ。漢前なカッコいい人だった。頭脳明晰な人と聞いていたし。陽太が惚れるのも解る」 「……。あの」 「母さんから聞いてる」 「僕…。かな…奏多に釣り合う男になりたいんです」 「陽太くんなら成れるさ」 「僕も雄一郎さんみたいにもっともっと頑張らないと」 力む陽太の頭に雄一郎の大きな手が乗った。 「奏多さんには申し訳ないと思っている。俺がこっちに逃げてきたから、組長になることになってしまった。この通りだ」 雄一郎が頭を下げる。 「やめてください!」 慌てる陽太に雄一郎は頭をあげて困ったように笑う。 「その罪滅ぼしじゃないが、アメリカにいる間は俺が奏多さんの代わりに…。代わりになんておこがましいかな。でも、何でも頼ってくれ」 「はい。ありがとうございます!」 それから、雄一郎はニューヨークに帰るまで時間があれば陽太を呼び出した。 世界各国の多彩なレストランや観光地に連れていってくれる雄一郎。 出張が終わりニューヨークに帰った後も、暇をみつけてはボストンまで足を運んでくれた。 奏多とは似ても似つかないのに、奏多といるようで楽しかった。 陽太の長期休みにはニューヨークへ遊びにいった。ニューヨークはリーと二度訪れ、セントラル・パークや自由の女神、タイムズスクエアはとりあえず駆け足だが、観て回った。 雄一郎にはまだ、行ってなかったメトロポリタン美術館へ連れていってもらった。ランチを挟んで閉館までゆっくりと館内を回り。 雄一郎の説明は面白おかしく、美術館巡りを堪能させてもらう。 夕食は日本食レストランに連れて行ってもらい、最後にロックフェラーセンターの展望台に登った。 数多のビルの灯り。 見事としか言いようのない夜景を生み出している街、ニューヨーク。 「うわぁ」 見惚れてしまい、言葉が出ない。 いつのまにか、雄一郎が側にいて陽太の肩を抱き寄せ… 「えっ、雄一郎さ…」 さらに雄一郎に後ろから抱きしめられた。 耳元で 「少しだけこのままで」 と、囁かれた。 その艶のある声色に身動き出来ず固まった。 「綺麗だろ?」 「…はい、すごく」 「君に観せたかったんだよ」 摩天楼とは誰が言い出したのだろうか? この光輝くビル群には数多くの人たちがひしめいている。 雄一郎のその中の一人だ。 「この街は以前は人種の坩堝と言われていた。最近は混ぜても決して溶け合うことはないって意味の人種のサラダボウルって言われているらしい」 「へぇ…」 「陽太くん、この街は住みやすい。日本はしがらみだらけと思わない?」 意味がわからず雄一郎の顔を見上げる。 いつの間にやら、身体の強張りは解けていた。 雄一郎の顔が陰になり、額に唇を感じた。 「えっ?」 「この街の一員になる気は無いの?」 頭の中がごちゃごちゃで黙り込む。 「帰ろうか」 そう声がかかるまで、雄一郎の熱を背中に感じながら、マンハッタンの絶景を見つめた。 雄一郎に手を引かれエレベーターまで。 その手を離すことが出来なかった。 奏多と雄一郎を混同してはいけない。 奏多と出かけたことなど、数えるぐらいしかない。 それも中学生から皆無だ。 奏多と雄一郎はこれっぽっちも似ていない別人だ。 なのに…。 雄一郎と会っていることを奏多に伝えなくなった。 雄一郎がボストンに出張に来ている時はメールで報告していたのに。 奏多は待ってくれているのだろうか? 奏多情報は玄二や佐伯をはじめ、新田や晶子からも逐一入ってくる。 浮気はしていないと聞いているが、それはどうだか?と、思っている。極道の付き合いとして、女性を提供されることもあるし。 出発前は奏多が仮に他の人と親しい関係になっていても、ずっと傍にいたいと思っていた。 それは何と傲慢な考えだったのか。 奏多が好きすぎて、奏多中心にしか物事を考えていなかった。 奏多の気持ちなど考えもせずに。 雄一郎は極道の世界に関わる陽太を心配する。 本当にヤクザの世界に身を置いていいの? 日本にいたらしがらみを切るのは難しいだろ? 陽太の不安な心につけ入る言葉。 まるで悪魔の囁きのよう。 「グリーンカードを取得してから5年経過して、米国帰化試験に合格すればアメリカ国籍を取れるんだ。俺もそうした。陽太くんもそうしたら?よく考えてみて」 アメリカに来た理由がわからなくなった。

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