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くねくね道の行き着く先③

ニューヨークから戻っても気は晴れなかった。 何日も何をしても雄一郎の言葉が頭を離れなかった。 『陽太、溢れてる』 『えっ?あっ…』 手に持ったカップが傾き、スープが溢れていた。 リーが差し出したティッシュで慌ててスープを拭き取る。 小さなため息が聞こえた。 『陽太、この前雄一郎さんと会ってからおかしいよ?何があった?』 リーと出会って二年。 夜遅くまで、生い立ちや将来のことをいっぱい話した。もちろん喧嘩もいっぱいした。 どんどん親密になり、初めて親友と思えた。 リーの心配を含んだ眼差し。 そんな目で見られたら黙っていることが出来なかった。 『ん、あのね…』 話し終えると、じっと聞いていたリーがおもむろに立ち上がり、陽太の額めがけて指を弾く。 「痛ーい!」 思わず日本語が出るほど、リーのデコピンは強烈だった。 『そんなの最初からわかってることだろ? 奏多さんが身を引こうとしているのに縋りついたのは陽太だろ?』 リーには痛いところを的確に突かれる。 その通りだ。 奏多とは沖縄旅行を最後にどこにも行ったことはないし、学校の行事でさえ、美和か佐伯が代わりに来てくれた。 奏多の組での位が上がるたびに、奏多との接触は少なくなった。 あまつさえ、陽太を東京へ行かせようとした。 奏多に将来のことを相談したことはない。相談したところで、返ってくる言葉は一つしかなかっただろう。 奏多は陽太を遠ざけたかった。 それは。 全て極道である自分との縁を切る為。 陽太を真っ当な道に進ませるためだ。 その奏多に縋り付いたのは陽太自身だ。 リーの言う通り何を今更だ。 陽太がアメリカへ行くと決めた際も、奏多は縁を切ろうとした。めちゃくちゃな方法だったが。実は今も怒っている。 逆に雄一郎は右も左もわからないアメリカで、親身になって助けてくれた。将来のことについて相談にものってくれた。 雄一郎との外出はとても楽しかった。 何もかもが奏多とは違った。 違ったから、惹かれた。 奏多にしてほしかったことを雄一郎は全部してくれたから。 そうじゃないのに。 雄一郎じゃなく、奏多にしてほしかったのに。 雄一郎は奏多の身代わりじゃないのに。 バカだな。 陽太の瞳から涙が溢れて出す。 奏多に会いたい。 会いたいよ、かなたん。 奏多からもらった時計を嵌めた左手を抱きしめた。 リーがやれやれという顔で陽太の頭を撫でた。 何か、日本人っぽいなと泣きながらそんなことを思った。 次に雄一郎と会うときはきちんと自分の気持ちを伝えよう。 雄一郎と出会ってちょうど一年が経ち、陽太は21才、三年生になった。 厳しいボストンの冬。 雄一郎はアメリカのどこかへ捜査にいっているらしく、年末年始は会うことが叶わなかった。 その代わりに、年末年始は寮の友人の実家にリーと二人招待をされて行ってきた。 南部のテキサス州で何と牧場経営をされていて、連れて行かれた建物は家というより館で。 庭だよね?あはは… 家の前方では沢山の馬が走っている。 全てが物珍しくあっという間に時間が過ぎた。 3月に陽太は22才の誕生日を迎え、久しぶりに会った雄一郎は少し痩せていて。 FBIという仕事の大変さを感じる。 「誕生祝いに寿司でも行こう!」 朗らかな雄一郎に日本食レストランに連れて行ってもらい、寿司をたらふく食べさせてもらった。 ホテルのバーで。 ブランデーを嗜む雄一郎の側で、陽太は甘いカクテルをちびちびと舐めながら。 「僕は奏多と生きていきます」 そう陽太は雄一郎に伝えた。 「そうか」 と雄一郎は頷いた。 それ以上は何も言わなかった。 それからも雄一郎は食事や観光に連れ出してくれたが、叔父と甥っ子のような穏やかな関係に終始してくれた。 いよいよ、最終学年の秋を迎えて。 勉強を必死に頑張ったけれど、全て英語の講義と言うのはやはりきつく、一学年目はかなり遅れを取った。四学年になり、やっと周りに追いつくことが出来て、何とか卒業できる目処もついた。 年があけて、陽太は23才になった。 奏多からメールとプレゼントが送られてきた。 また時計だった。 以前のものはカジュアルで、学生がしてもまぁ、おかしくない様な仕様だった。 それよりも大人びたエリート社員がするような高級時計だ。 「こんなの、いつするんだよ…」 大学を出たばかりの若造がする様なものではない。アメリカでは、箱に戻して厳重にしまっておこう…。 そんな時だった、玄二から連絡が来たのは…。 滅多にならないスマホが鳴る。 日本からだった。 「陽太さん、落ちついて聞いてください。組長が…。組長が危篤です。すぐに帰ってきてください」 「……………。ぇ…」 玄二の口から組長と言われても一瞬誰のことかわからなかった。 スマホが手からポロリと落ちた。 リーがそれを拾って代わり、玄二も佐伯と代わって英語で帰国の段取りをしてくれていた。 陽太は、といえば腰が抜けたようになり、呆然と床に座り込んだまま。 空港まではリーが送ってくれ、日本から手配をしてもらった航空券を手に、その日のうちに日本行きの飛行機に飛び乗っていた。 飛行機に乗る寸前、雄一郎から連絡が入った。 「陽太くん、気をしっかり持って!奏多さんは君を置いていかない。命より大切な君を…」 「うん。うん…」 飛行機はやはりビジネスクラスで、座席に座り顔をタオルで覆い泣き続けた。 奏多がいるからこそアメリカで頑張れた。 奏多との未来を夢みて必死に勉強した。 奏多が…。 奏多がいなくなったら…。 奏多がいなけりゃ、生きていけないよ。 かなたん…待ってて。 僕が行くまで待ってて!

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