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くねくね道の行き着く先④
ボストンから成田経由で関西空港まで。
成田からは琥太郎に付き添われ、関空に迎えに来ていた玄二と四年ぶりに顔を合わせた。
眼の下に隈を作り、げっそりとやつれていた。奏多が危篤になって以来眠っていないのだろう。
そんな玄二を見て涙が溢れた。
「かなたんは…。意識はもどったの?」
「まだです」
でも、陽太さんの声を聞いたらすぐに眼を覚ましますよと、自分にいい聞かせるように言う玄二。
「急ぎましょう」
琥太郎に即されて夜の帳が下りる高速道路を車で走り病院へ。
車窓の工場群の煌びやかなライトがアニメに出てくる未来都市のよう。
独り取り残されたように感じて身体が小刻みに震えた。
敢えて隣に座ってくれた玄二が大きな身体で抱き寄せてくれる。
「組長は不死身ですから、大丈夫です」
「……うん」
人龍会御用達の病院ではなく、大学病院に救急車で運ばれた奏多。
ホテルの正面玄関という衆人環視の場所で警察も出動し大事になってしまったらしい。
犯人は呆気なく捕まったと琥太郎に聞いた。
「誰なの?どこの組なの?誰がかなたんを…」
しゃくりあげる陽太の矢継ぎ早の問いかけに
「それは…」
玄二はうつむき、言葉を途切らす。
嫌な予感がした。
「誰なの?」
陽太の強い物言いに
「鍵田真斗です」
「真斗?」
「はい。大学の同窓生だった真斗です」
「何で…」
陽太が大怪我を負った出来事。
翼の幼馴染だった真斗。
陽太は結局大学には戻らず、唯一連絡をとったのは淳だけ。
真斗と連絡は取らなかった。
真斗は翼の手先のような事をしたから。あんなに気があったのに。
あれは、全部うそだったのか?
それが、陽太にはことさらにショックだった。
奏多は真斗にはお灸を据えただけと、言ったような。陽太はその辺りが未だに曖昧な記憶しかない。
淳ともアメリカへ行ってからやり取りはしていない。だから、真斗のその後など知る由もない。
「何で…………」
考えてもわからなかった。
わかっているのは、その真斗に刺され奏多が危篤になったこと。
衝撃のあまり泣くことも忘れ、呆然とする陽太。
「若頭や佐倉の兄貴が真斗のら周辺を調べています。真斗は警察に捕まってますから。そのあたりは佐伯が探っています」
奏多のいるICUには直接行けず、家族控室に入った。
室内には椅子に座り俯く新田と、腕を組み目を瞑る佐伯。
ハッとして立ち上がった佐伯に走り寄り縋り付いた。
「陽太くん」
「かなたんは…」
それ以上は言葉にならなかった。
背中を撫でる佐伯の温かい手のひら。
「まだ、意識は戻らない。けど、奏多は頑張ってる」
面会は明日にならないと出来ないらしく、陽太はホテルで休むように言われたが頑として行かなかった。
息をするのも忘れそうな静寂な部屋。
壁にかかる丸い時計の長い針が音もなく時を刻む。
針が一周して、二周して。
時々、佐伯のスマホが振動し控室から出て行く。
テーブルには飲み物とサンドイッチや弁当がおかれている。
食べるように勧められたが、喉を通るわけもなく。
陽太は白い壁にかかるカレンダーをぼんやりと眺めていた。
カレンダーの上半分は紅葉の美しい山々の写真。
どこの山なんだろうか?
当たり前だが、ボストンの秋とはやはり違う。
四年ぶりの日本の秋。
父親の逝った秋。
頭の中には彩り豊かな秋桜。
「とうたん…」
久しく思い出しすこともなかった父親。
父親と同じように奏多も逝ってしまうのか……。
「陽太、こっち来い」
佐伯のまるで奏多のような物言いにハッとする。佐伯に長椅子に誘導され言われるままに横になり、膝枕をされた。
「少し眼を瞑れ」
掛けてもらったブランケットがほんのり暖かい。
玄二が横になる陽太の前に跪き頭を優しく撫でる。
「少し眠って起きたら。組長が目を覚ましますよ」
「うん、そうだよね」
眦から流れ落ちる涙を玄二が拭ってくれる。
「ありがとう、佐伯のお兄ちゃん、玄二くん」
陽太は小さく呟くと静かになり、眠りに落ちた。
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