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くねくね道の行き着く先⑤

その日、陽太は一時間ほど車に乗せられ小高い丘の中腹にある建物に連れて行かれた。 車の後部座席で奏多の膝に頬を擦り寄せながらうつらうつらと眠った。 「陽太、着いたぞ」 奏多の声に起こされて膝の上に乗せられて。窓の外に目を向けて、 「どこ?」 奏多の首に縋りつき首をスンスンしながら尋ねた。 「陽太のとうたんと、ここでバイバイするんだ」 「バイバイ…」 都会から離れた山と田んぼの田舎町。 陽太の父母の出身地まで本人の生前の希望でやってきたらしい。 「陽太のかあたんのお墓の近く」 陽太の亡くなった母の墓も近くにある。 「この前も来ただろう?」 そう説明されながら、奏多と手を繋ぎ斎場の中に入った。 静かでひっそりとしていて、奏多の手をギュッと握った。 父は白い木の箱に入っている。 奏多に抱き抱えられ、父の頬に触れた。 「とうたん?」 父があまりに冷たくて、すぐに手を引っ込めたら、その手を奏多が包み込んだ。 簡素な寂しい葬送。 父の亡骸を見送り、斎場の外のベンチに奏多と二人腰掛けた。 奏多がおもむろに煙草を咥えるけど、何故か煙は出なくて。 なんでかなぁ?と、ぼんやり思いながら空を見上げた。 奏多が陽太にもわかるように父が亡くなった事を昨日から何度も説明をしてくれている。 「とうたん、いっちゃった」 かあたんのところにいっちゃったんだ…唐突にそう思ったら、涙が溢れた。 あの大きくて強かった父はもういない。 「陽太、これから俺と一緒にいような」 「うん。ずっといっしょ?どこにもいかない?」 「あぁ、ずっと一緒だ」 奏多と手を繋ぎ、抱きしめてもらい。少しだけ安心して。いっぱいの不安をかかえて。 「もう行くぞ」 と、言われて縦に抱かれたまま前を見たら。 斎場から続く道の向こうに、彩どりの可愛い花が咲いていた。 「かなたん、あれはなぁに?」 「あれは田んぼに秋桜を植えているんだ」 「きれいないろがいっぱい」 「来年も観にこような」 「うん、いっしょにだよ」 「ああ、約束な」 「ぜったいね。ぜったいね。とうたんみたいにうそをつかないで」 ポロポロと陽太の大きな瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。 「絶対だ、約束は守る。かなたんがうそをついた事あったか?」 「…ん…。ない!」 「だろ?」 「うん!かなたんだいすき!」 なのに。 幼い陽太が泣いている。 横たわる奏多の腕を掴み行かないでと、泣いている。 奏多は陽太を置いて行こうとしている。 どうして、ずっと一緒にいると約束したじゃないか! 泣きすぎて、息が苦しい。 「かなたん、いかないで!」 幼い陽太が叫ぶように泣いている。 「陽太さん、起きれますか?」 優しい声。 誰だっけ? 奏多の次に大好きな声。 誰……。 ハッとして飛び起きた。 目の前には玄二がいた。 枕がわりにしていた丸められたタオルが落ちる。 顔を拭うと濡れていて…泣いていたのか。 玄二がティッシュで顔を拭いてくれる。 「ありがと」 とても悲しい感覚で胸が苦しい。 夢。 夢をみていた。 昔の出来事と現在起こっている事がごちゃ混ぜになった夢。 泣きじゃくる幼い陽太。 自分は全く変わっていない。 今もまた泣いている。 行かないでと、泣いている。 一人残される恐怖に震える。 「寒いですか?」 タオルを拾いながら、気遣わしげに声をかけてくる玄二。 「ん?大丈夫。かなたんは?」 「まだ、意識は戻られませんが、容態は安定してきているようです」 「陽太が、帰ってきたのがわかったのかもよ。鼻が利くねぇ」 と、椅子に踏ん反り返るように座る佐伯が笑う。 佐伯を睨む玄二がおかしかった。 「そうなの!よかった!」 「あと、二時間すれば、面会出来ますから」 玄二が持ち込んだ水筒から温かい飲み物をカップに入れてくれる。 陽太の大好きな玄二の作ったカフェオレだった。 「美味しい」 ありがとう玄二くん。 涙もろい陽太はまた、泣きそうになる。 誤魔化すようにカップに口をつけた。 上から下まで厳重に。 スリッパ、帽子、ガウン、マスクと身につけて行き、もう一度念入りに手指の消毒をして玄二、佐伯と共にICUに入室した。 酸素マスクやら点滴やら、沢山の管に繋がった奏多がいた。 顔色は土色。 奏多を襲ったナイフは内臓を損傷して、出血も酷く、手術の時間も長かったらしい。 でも、生きていてくれた。 「かなたん、帰ったよ」 管の繋がった腕に当たらないように手の甲を摩り、指を絡ませた。 医師が来て、奏多の状態の説明を受けた。佐伯が手配してくれていたようだ。 「意識さえ戻れば」 医師はそう言った。 耳元に口を寄せて、何度も呼んだ。 「かなたん、かなたん、陽太だよ。かなたん、目を覚まして。かなたん…」 置いていかないで。 かなたん、僕アメリカで頑張ったよ。 かなたんとずっと一緒にいられるように頑張ったよ。 頑張ったんだよ、だから。 だから、目を開けて……。 「嘘つきしないで、かなたん…」 あっという間に面会時間は終わり、後ろ髪を引かれながらICUを後にした。 次の面会可能時間まで7時間もある。 「陽太、玄二とホテルへ行け」 「でも!」 行きたくないと駄々っ子のような陽太。 「すぐそこだから。玄二、陽太を頼む」 佐伯の言葉に 「わかった」 玄二の簡潔な返事。 「ここにいたい」 「お前まで倒れたら、目を覚ました奏多にどやされるだろ」 佐伯の言葉に思わず黙ったところを 「陽太さん、行きましょう」 と、玄二に腕を掴まれた。 「玄二、すぐ電話は取れるようにな。それと、お前もメシ食べて寝ろよ」 佐伯の眼差しは陽太を飛び越えて玄二に。 「……俺は」 振り向いて見た玄二の耳が赤くなってる? 「お前まで倒れられたら、俺の身がもたん。だからな」 ポンポンと佐伯が自分より背の高い玄二の頭をはたいた。 「ホラ、さっさと行け」 佐伯に背中を押されて、玄二と部屋を出た。 連行されたホテルの部屋でシャワーを浴びて。 エグゼクティブツインの部屋のテーブルに和食が並べられた。 温かいご飯に味噌汁、卵焼き、鯵の開きなど優しい味のものばかり。 久しぶりに玄二とテーブルを囲む。 奏多がいない日の夕食は玄二と一緒に食べた。最初の頃玄二は給仕をするだけだったが、陽太が奏多に頼みこみ、一緒に食べれるようになったのだ。 「久しぶりだよ。純和食」 でも、玄二くんの作るやつの方が美味しいや。 ほとんど何も食べてないのに、箸が進まない。 「この卵焼きと、味噌汁だけでもたべましょう」 そういう玄二もほとんど食べてない。 「玄二くんもだよ」 そうですねと、玄二は苦笑いして。 「俺も食べます」 お互い少しだが、食事を済ました。 「陽太さん、ベッドに行きましょう。俺も仮眠取らせてもらいます。組長の容態も安定してますし」 「うん」 ベッドに横になり、うつらうつらしながら、先程の佐伯と玄二の会話を思い浮かべる。 玄二の耳がほんのり赤くなってたよな。 佐伯のお兄ちゃん、玄二くんの保護者みたい。玄二くん幾つだっけ? 七つ上だから、30才かな? 仲がいいのかなぁ……。 遠くでスマホの着信音がする。 「わかりました。すぐに行きます!」 その声に慌てて飛び起きた。 「かなたんは!」 「意識が戻りました!すぐに行きましょう!」 ベッドに備え付けのデジタル時計を見れば、4時間ほど経っていた。 エレベーターに飛び乗り、扉が開ききらないうちに飛び出して全力で走った。 病院の待合室で佐伯から面会できると知らされて。 玄二に手伝ってもらい、急いでガウンやマスクを着けて。 看護師に導かれて奏多の元へ。 「かなたん!」 奏多の視線が陽太を捉える。 「おかえり」 かすれた小さな声だけど、陽太の耳には確かに聞こえた。

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