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生きる糧①

奏多の中で秋桜は特別な花だ。 兄貴が亡くなった際に見かけた秋桜畑。 墓のある場所は米どころで有名な地域だったが、昨今は後継者不足で休耕田が目立っていた。 そこに緑肥にもなる秋桜の種を植えたのだ。 陽太が 「きれいないろがいっぱい」 と言った秋桜は畦道や河川敷にも咲き乱れていた。 帰りの道中、陽太は 「あれはぴんく。あそこのはあかむらさき。つぎはしろ」 と、色遊びをしていた。 それ以降毎年秋にこの道を通る際は必ず。 それも何故か帰り道だけ。 単なる退屈しのぎだったのか、また来年来るねと名残惜しい気持ちだったのか。 きっと陽太の中でもあの日見た秋桜は鮮明な記憶として残っているだろう。 色とりどりの秋桜が平凡な街路樹に変わった頃に兄貴と墓参りの帰りに立ち寄っていた蕎麦屋に着く。 兄貴と姐さんの幼馴染のしている蕎麦屋。 兄貴が生きていた頃は春に。 兄貴が亡くなってからは秋に。 春は陽太の誕生日だから墓参りはもう行かなかった。 蕎麦屋で天ザルを食してその年の墓参りが終わる。 兄貴が小椀に蕎麦を取り分けて、それを美味そうにチュルチュルと啜っていた陽太。 ある年、陽太がシシトウの天ぷらを食べたいといいだし、兄貴はほらと皿に載せていた。 兄貴や奏多が美味そうに食べるので食べたくなったようだ。 つゆに付け、パクっと食べたのはいいが、案の定口を開けダァ〜と吐き出していたのを思いだす。 手元の可愛いカップに入ったお茶をガブガブと飲みきり 「これ、からいの」 涙目になり、舌をひらひらさせながら、陽太は兄貴に言い募っていた。 「ごめんなさい」 口に入れたものは必ず食べる。兄貴からそう躾けられた陽太は叱られると思ったのだろう。 「辛いのにあたったんだ。それは俺でも無理だよ」 「そうなの、かなたん?」 奏多の助け舟に飛び乗った陽太。 「どれ?」 奏多が陽太の食べ残したシシトウを口に入れると強烈な辛さだった。 「かっら!」 奏多も慌ててお茶を飲む。 「そりゃ仕方ねぇな」 そう言いながら笑う兄貴に、お茶を注ぎ足してもらい陽太は急いで茶を飲んだ。 黄色い熊のカップを両手で持つ陽太。 兄貴の目がいつもの極道の厳しい目ではなく、我が子を慈しみ愛する父親のとろけるような目で。 「帰りにバースデーケーキを買って帰らないとな」 「うん!いちごとチョコのがいい!」 姐さんの命日は陽太の誕生日。 なんて不憫は子なんだろうか? 奏多はいつもそう思っていた。 お腹がいっぱいになった陽太は帰りの車内で兄貴に抱きつき、頬を胸に寄せて眠っていた。 河川敷には菜の花がちらほら。 兄貴の右手は陽太の頭を守るようにずっとあった。 この日が兄貴と行った最後の墓参りになる。 兄貴はどれだけ心残りだっただろうか。 可愛がり慈しんだ陽太を一人残すことに。 代わりに自分が面倒をみますから。 兄貴の亡骸にそう誓った。 陽太が中学生になるまでは共に墓参りに行った。 蕎麦屋で天ザルを食べて。いつのまにやら、一人前を食べるようになり。 だが、やっぱりシシトウは食べれず、毎年、奏多の皿に移していた。 中学生からは別々に墓参りへ。陽太は晶子達に連れられて行っていた。 奏多の組での位が上がって忙しくなったのと、敵対する組に命日などの限定される日には、陽太と行動を共にしたくはなかった。それに陽太には真っ当な道を行かしたいと言う気持ちもあって、外では会わないようにしていた。 陽太は一人でも、秋桜の色遊びをしていたのだろうか? 蕎麦屋で天ザルは食べていたと聞いている。シシトウは残さず食べたのだろか? 中学生になった陽太と天ザルを食べ忘れた。 「高梨さん、点滴の針をいったん抜きますね」 声のする方へ顔を向けて頷いた。 看護師がテキパキと針を抜いて、止血用の大きめな絆創膏を貼る。 今朝、奏多は一般病棟の特別室に替わった。 これから心起きなく陽太と会える。 大学病院は面会時間に厳しくもうじきやってくるだろう。 もう少し良くなったら、伸也の知っている総合病院に転院する。 そこなら、時間を気にせず面会できる。 ICUで目を覚ました時、生きていることにびっくりした。 昏睡している間、昔の夢をみていた。 陽太の幼い頃から現在に至るまで。 陽太ばかりが出てきた。 夢の中で自分がいかに陽太を溺愛しているかを目の当たりにして、これが俺かと恥ずかしくなった。 セピア色でもモノクロームでもなく、秋桜の色が鮮明な夢だった。 秋桜の傍で幼い陽太が泣いていた。 「嘘つき」 と、叫びながら。 「俺は嘘つきじゃないぞ!」 と、何度大声で言っても陽太は気づかない。 何で気づかない! 腹が立って走り寄ろうとすると、身体が痛くて一歩も脚が動けない。 「クッソ!」 と、脚を無理矢理一歩前に動かしたところで目が覚めた。 「高梨さん、聞こえますか?」 そこから、看護師やら医師やらが、やって来て。 一通り診てもらって。 「家族様が来られますよ」 陽太……。 久しぶりに聞いた懐かしい呼び方。 「かなたん!」 あぁ帰ってきたのか。 「おかえり」 かすれた声しか出なかった。 陽太の泣き笑いの顔。 後ろにやつれた佐伯と玄二。新田もいるのか。 心配かけたなあ。 陽太、動けるようになったら、蕎麦を食いに行こうな。 陽太に身体を撫でられながら眠りに落ちた。

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