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大切な人②
奏多が総合病院に移ると同時に陽太はホテルから自宅マンションに戻った。
日本に帰ってから、大学病院の近くのホテルに泊まり込んでいたので、久しぶりの自宅だった。
陽太の自室は四年前と何も変わっておらず、玄二が掃除をしてくれていたのか、埃一つない。
玄二がパリッとしたシーツを張ってくれたベッド。
慣れた枕に頭を沈めると、ホッとして、少し長めに息を吐いた。
見慣れた天井を見ながら、考えるのはやはり今日出会った里美のこと。
奏多から学生時代の恋人と聞かされた。
もう今は全く関係ないと眼を見て言ってくれた。
それでも気になって、傍にいたくて、泊まり込みたかったが、奏多から夜は自宅に戻るように、最初は優しく、最後はきつく叱られ、渋々従った。
悶々として寝返りをうった。
眠れないと思っていたのに、いつの間にやら…。
朝、玄二に声をかけられるまで、ぐっすりと眠っていた、夢さえみなかった。
慌てて起きて、シャワーを浴びて、洗面を済ませて。
ダイニングテーブルには玄二が作ってくれた朝食がズラリと並んでいた。
陽太の好物ばかり。
「いただきます」
だし巻き卵を一切れ頬張る。
懐かしさが口いっぱいに広がった。
やはり玄二の作る料理は美味しい。
あれもこれもと箸が止まらない。
「おかわり!」
と、茶碗を差し出すと、微笑む玄二と目が合った。
「だって、美味しいんだから、仕方ないだろ!」
「ありがとうございます。いっぱい食べてください」
「うん!」
腹パンパンでリビングのソファでアップアップしていると、ベルが鳴った。
しばらくして、新田がリビングに入ってきた。
「おはようございます陽太君」
「新田さん、おはようございます」
こんな早くに何をしにきたのだろう?陽太の訝しむ表情にきづいたのか、
「もっと松田里美さんの事で尋ねたいことがたくさんあると思いまして」
新田は失礼しますと、向かい側にあるソファーに腰を下ろした。
すかさず、玄二が入れたての香り良いコーヒーを持ってきた。陽太にはミルクたっぷりのカフェ・オ・レだ。
聞かれたことは包み隠さず全て話してやってくれと、奏多から頼まれたらしい。
たしかに奏多の説明だけでは納得できるはずもなく。
「聞いたら何でも教えてくれるの?」
新田は陽太が尋ねるたびに事実を淡淡と、伝えてくれた。
「組長は陽太さんのことを大切に思っていますよ。信じてあげてください。人生、そりゃいろいろありますよ。何もない方が珍しいですよ」
「新田さんも、いろいろあった?」
ふと、渋面の新田に聞きたくなった。
「……。もちろん。自慢できるもんではないですが。陽太さんもあったでしょう?ボストンで」
新田が意味深に口角を上げた。
「……。あった…」
雄一郎のことを指していることはいくら鈍い陽太でもわかった。
新田の顔が見れない。
新田が知っているってことは奏多も知っているってこと?
でも奏多は何も言わなかった。
当時も今現在も。
何で?
何で何も言わないの?
「組長は陽太さんと離れる気はありませんよ。例え、陽太さんの気持ちが離れようと、見守り続けます」
思わず顔を上げ
「そんなこと、絶対にない!」
と、新田に食ってかかった。
「そうですか」
新田は軽くそういなすと話題を変えた。
「早いですけど、病院へ行かれますか?」
「行くけど…」
黒い高級車に乗せられて、新田と共に病院へ向かった。
それから、病室でたまに里美と顔を合わせた。
奏多は里美に対して、今は久しぶりに会った大学の友人であり、病棟の看護師の偉いさんという態度をとっている。
でも里美は妙に馴れ馴れしい。
里美は奏多より陽太とコミュニケーションを取ろうとする。
いつの間にやら里美に陽太くんと呼ばれ。
年齢の近い若い衆に一緒にいると親子みたいですねと、言われ。
そして。
先日、里美がまだイルカのストラップを大切にしていると知ってしまった。
やはり里美は奏多をまだ好きで、奏多の息子である陽太を懐柔しようとしている。
「かなたん、松田さんに僕のこと恋人と紹介しなおして」
「はっ?何でだ」
「だって…」
「陽太」
奏多がちょいちょいと指で陽太を呼ぶ。
奏多の傍に行き、ベッドに乗り上げ抱きついた。
奏多の腕が背中に周る。
「陽太、よく考えろ。まだまだ日本は同性愛に寛容じゃないだろ?身内まで隠す必要はないが、不特定多数にわざわざ恋人同士と言う必要はないぞ」
陽太の耳元で奏多が低い声で囁いた。
「わかってる」
本当に言いたいことはこんな事じゃないんだ、かなたん。
「ごめんなさい」
奏多にストラップのことを問い出すことが出来なかった。
その日マンションに帰ってから、奏多の部屋でキャラクターの缶を探した。しかし、探し出す事が出来なかった。
奏多は別宅を幾つか所有している。北のマンションにあるのかなぁ?
奏多とお揃いのストラップを里美が持っていると知ってからずっと胸が痛い。どんどん気持ちが落ちていく。
「陽太さん、何を探しているんです?」
肩がビクッと跳ねた。
「ノックしたんですよ」
玄二が訝しげな表情で陽太をみていた。
自室にいるふりをして、玄二の眼を盗み奏多の部屋にこそっと入った。
だが、玄二に気づかれた。
「いや、ちょっと経営学の本を」
「ありましたか?」
「見当たらないんだ、諦めるよ」
そそくさと玄二の横を通り過ぎた。
「陽太さん、どうしたんです?」
玄二は、陽太の見え透いた嘘を咎めることもせずに心配そうに声をかけてきた。
「何でもないよ」
「何かあったら、遠慮なく言ってください。俺は何があっても陽太さんの味方ですから」
陽太の背中にかけられた言葉。
泣きそうになった。
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