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大切な人③

奏多の入院先へ行く道筋に商店街がある。 繁華街に近いので、やはり飲食店が多い。 もうどこもかしこも赤色と白色の化粧を纏っている。 商店街の端にあるカフェに入り、窓際のカウンター席に腰をおろした。 奏多に会いたい。 けれど、あの病院には里美がいる。 奏多と里美のツーショットを想像するたびに胸の真ん中を小さな棘がちくちくと刺す。 カフェラテを前に胸をさすり、ふとキラキラに化粧を施された植栽の向こうに目をやったら。 目があった自分を見つめる彼と。 彼はドアを開けて中に入ってきた。 「ここいいかな?」 話しかけられて、初めて知ったこんな声で、こんな話し方をするんだと。 「どう…ぞ」 声が…震えた。 「もう、あんまり似てないや」 アルカイックスマイルで彼はそう言った。 確かにそうだ。 元々顔は似ていなかった。 背格好は似ているがそれだけだ。 髪型も髪の色も着ている服も全て違えば、似ている要素を探す方が難しい。 「なんで?って思ってる?」 もちろん思っている。 会いたくなかった、こんな気分が最悪の時に。 どうしてこうも奏多の過去の恋人や愛人に会わなきゃならないんだ。 いろんな思いがマグマとなって今にも噴き出しそうだ。 「暗い顔してると思ったら、今度は真っ赤になって、何か怒ってる?」 口角を上げ、笑ってるふりをする彼。 「放っておいて、もらえますか?」 多少キレ気味にいうと、 「あれ?以前より気が強くなった?」 と、のたまう。 アメリカで、四年間揉まれたんだよ!言わないけどな! 腹が立って仕方なかったが、この際に聞きたい事もたくさんある。 それと、まだ少しの罪悪感も残っている。 どうして、奏多が真斗に刺されなきゃならなかったのか? 陽太と恋バナをしていた真斗と、奏多を刺した真斗がどうしても結びつかない。 現行犯逮捕された真斗は素直に容疑を認めて自供している。 弁護士の佐伯が真斗に面会し聞いて来た動機とは。 まさか、陽太の恋人と幼馴染の翼の愛人が同一人物だったなんて。 翼の話す奏多と陽太の話す奏多は別人だった。奏多が翼を陽太の身代わりにさえしなければ、楽しかった大学生活は続いたのに。陽太は大学を辞め、敦には避けられ、翼は仕置きをされ入院した。 孤独な思いを抱えたまま、大学生活を終え、ホテルに就職してベルボーイになって、そしてホテルを定期的に利用する奏多を見かけるようになった。 颯爽と歩く奏多が許せなかった。 だから、ずっとナイフを身に潜め、機会を疑っていた。 佐伯にそう感情のない表情で、話したそうな。 佐伯の話を聞き終えてめ、到底陽太が納得出来るものではなかった。 それから陽太はずっと考えて、一つの答えを導きだしていた。 「翼さん、真斗を脅したでしょ」 彼は、真顔になった。 「なんで、そう思う?」 「真斗と僕が似ているから」 「はっ?なんだそれ?」 彼は声をあげて笑う。 「どうしても、僕の知ってる真斗と結びつかない。ベルボーイという職業を選んだこともびっくりした。ずっと考えてたんだ、真斗のこと。そして、思い出したあの頃のこと。真斗は翼さんあなたの言うことには逆らえなかった。何か、真斗の弱みを握ってたんでしょ。それしか当てはまらない。ゲイとバラすと脅した?でも、それじゃあ弱いよね」 「語るね。ほんと、変わったねー。お前」 彼はカウンターチェアーの小さな背もたれに背中を預けカップに口を付ける。 陽太は横目に彼を見ながら同じようにカップに口を付けた。 彼はカップをカウンターに置き、植栽の向こうの人通りを眺めている。 何分経っただろうか? カップのラテが冷めたくなって白い膜を張る。 「俺、奏多さんの言う通りにやってたのに。あんたがあの時飛び出して来たから、計画通りに行かなかったんだ。ほんと役立たずの厄介者」 彼が陽太に視線を戻した。 「それで?」 思った以上に冷たい声になった。 内心自分でもびっくりだ。 「ははは、だから真斗に言ったんだよ。お前がアメリカに行ったのも、淳だったかあいつに真斗がゲイだと知られたのも、俺が入院したのも全ては奏多のせいだって」 「それでも真斗が奏多を殺そうとするほどの強い恨みとは思えない。あなたが奏多を刺したのなら、解るんだ」 「鋭いなぁ、お前。俺の恨みなら解るんだ。ふぅん」  言葉とは裏腹に彼は鋭い目を陽太に向ける。 結局のところ彼は陽太の身代わりでしかなかった。 いいように奏多は利用した。 真斗の何百倍以上の恨みだろう。 でも、陽太が謝ったところで、火に油を注ぐだけだ。 知りたいのは……。 「何なんです、脅しの材料は」 「さぁ、それは秘密。誰も知らない俺と真斗の二人だけの秘密だから」 またアルカイックスマイルに戻った彼。 冷たくなったカップの中身を飲み干した。 「よっこらしょ」 声を上げ、立ち上がると、わざとらしく腰を叩き、彼は歩きだした。 思わず陽太も立ち上がり、 「翼さん、あの」 振り返った彼。 「バイバイ」 ニヤリと笑い手を振り出ていった彼を、呼び止めることが出来なかった。 だって、凍えるような笑い方だったから。 結局、余計にモヤモヤを抱えながら病院へ。 奏多の部屋の前に若衆がいた。 「どうしたの?」 「あっ。いや、その」 妙な態度で、陽太は首を傾げた。 「何なん?」 ドアに手をかけスライドすると、中から声が聞こえた。 里美。 奏多が先に陽太に気づいた。 里美がハッとして振り向いた。 バツが悪そうな表情をしている。 告白タイムか。 「陽太、こっちに来い」 呼ばれるままに奏多の傍に。 「里美、こいつはな…」 陽太の手をつかむ奏多のその言葉を遮った。 「待って、奏多」

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