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奏多の嘘

もはや、宇宙人にしか見えない目の前の陽太。 後ろ手で身体を支えながら陽太を見つめる。 亡くなった姐さんに似た丸い大きな瞳をウルウルさせて。白目に青みがかかって綺麗なんだよなぁ。 俯きかげんにショボくれているから、睫毛がクリンと長いのもよくわかる。 可愛い俺の陽太。 益々、魅力的になっていく俺の陽太。 出来ることなら外の世界から遮断して囲っていたいと思う、今日この頃。 さて…。 のんびりしてる場合じゃないか。 脚の間に嵌り込んだ陽太をどうするっかなぁ…。 兄貴はデカかったのに、何でコイツはこんなに小さいんだ?もう、成長は止まっているよな。あれだけ、牛乳飲ませたのに。グングン背が伸びるって宣伝のサプリを飲ますべきだった。 後悔先に立たず。 ガタイが良かったら、ヤクザにして手離さずに済んだかもしれない。こんなに可愛く綺麗じゃなかったら、傍に置いておけたかもしれない。 いかにも食って下さいと言わんばかりの美少年ぶり。 兄貴から預かった大切な陽太に傷一つつけるわけにはいかない。 陽太には極道と関わらず生きていってほしい。そのため、陽太の学校には一度も行かなかった。 運動会、音楽会、参観日。 全て、この世界に関係ない者に行かせた。家庭訪問もしかり。 奏多は陽太の住んでいるマンションを軸に東西南北其々の方角に四つのマンションを所有している。舎弟達がいつのまにか地名ではなく方角を頭につけて呼んでいた。 高校生になってからは、陽太の住むマンションにあまり帰らないようにしている。 とうとう、手放す時が来たようだ。 兄貴が亡くなった抗争が終結して、その後関東の極道とは盃を交わして友好関係が続いているのだが。 ここ数年、地元で新興勢力との小競り合いが頻繁している。新興勢力にはマフィアも絡んでいる。 何をしでかすか、分かったもんじゃない。 この先、抗争に発展する可能性が高い。 万が一にも陽太に危害が及んでしまったら…。 もう、優しく諭す次元じゃないのか。 好かれたままでいたいなんて、甘い考えだよな…。 陽太から離れ、サイドチェストに置いた煙草を手に取った。 「陽太、俺はお前とどうこうするつもりはねぇよ。お前、こんなことしてる暇があるのか?こんなんじゃ、東京の大学受からねえぞ」 紫煙を吐き出して、ジロリと陽太を睨んだ。 一瞬怯むが、キッと睨み返してきた。 「どうして、そんなに東京へ行かしたいんだよ!一緒に住むのが嫌なの?それとも…誰かと結婚するの?だから、僕が邪魔になったの?」 「そうだなぁ、そろそろお役御免にしてもらうわ」 ニヤリと陽太に笑いかける。 「えっ?ほんとに?」 見上げてくるその瞳に涙の膜が張る。 「恋人いるの?」 恋人じゃなく、イロだけどな。 「ああ、いるぞ」 瞳の泉が決壊した。 「どこに?」 「どこって…。北のマンションに囲ってる」 涙の雫がポロポロと、睫毛の先から落ちていく。 「北って、よく泊まってるマンションだよね、やっぱり恋人と一緒だったんだ」 いや、単に組事務所から近いので泊まってただけだし、恋人じゃないぞ。 「…出来るだけ早く出ていくね」 「高校を卒業してからでいい」 煙草を灰皿に押し付けた。 「かなたん、今までごめんね」 立ち上がり、背中を見せる陽太。 どうして、今かなたんって言うんだよ、陽太。 追いかけて抱きしめたくなるだろう! 歯を噛み締めその背中を見送る。 その日、陽太は部屋から出て来ず、買い物にも行かなければ、食事を摂ることもなかった。 まるで憑き物が落ちたように、陽太は俺に構わなくなった。 笑顔もどこかに置いてきてしまったようだ。 望んでしたこととはいえ、陽太の笑顔が見れないのはやはり堪える。 今まで以上に足が遠のいていく。 「奏多さん、本日も北へ?」 玄二が恐る恐る問いかけくる。 最近、機嫌が悪いからだろう。 「ああ、今日は南へいく。あっち頼んだぞ」 「はい」 玄二がその場を離れていく。 寄り道をしなければ陽太がマンションに着く頃だ。 今日は塾のない日だから、夕食の準備をするのだろう。玄二はガタイもよく第一印象は爽やかなrugger manに見える。 寡黙だが、頭の回転も早い。 陽太と接触するのは玄二、見えないところでの護衛は、隆と亮一が受け持っている。 この二人もそこいらにいる若者にしか見えない。 三年前の陽太が足の裏に怪我をした時は隆が連絡をして来た。 あの時。 「陽太さんが、お二人をお見かけしました」 「…そうか、もうマンションに着いたのか?」 「はい。今エレベーターに乗られました」 「ご苦労だった」 「はい!ありがとうございます。失礼致します」 スマホを切り、テーブルのグラスを持ち上げてバーボンを一口含んだ。 「どなたですの?」 女が問いかけてきた。 思わず口を衝いて出た言葉だったのだろう。 「お前が知る必要があるのか?」 スーと目を伏せ、 「申し訳ございません」 煙草を咥えるとすかさずライターの火が近づいてきた。 「ふぅー」 陽太には完全に隠していた女の存在。 陽太が見かけたこの女は組が持っているクラブの雇われママをさせている。 そして、東のマンションに住んでいる、奏多のイロだった。 三十路をとう超えた成人男子、ましてや、不倫をしてるわけでもなかろうに何故か後ろめたい。 隣に座る女の肩を抱き寄せ、乱暴にくちづけた。 着物の合わせ目に手を忍び込ませたところでまた、スマホが鳴る。 玄二か…。 「なんだと?」 しなだれかかる女を振り解き、脱いでいたスーツの上着を乱暴に羽織った。 家に帰った陽太が暴れていると、玄二からの連絡だった。 バリケードを崩して入った部屋に足を血塗れにした陽太が泣いていた。 怪我の治療のあと、暴れた理由を問いただしたが、泣くばかりで要領を得なかった。 その一年後陽太から告白を受けることになる。 青天の霹靂ではあったが、嬉しくもあった。 何故なら、とうの昔に奏多もまた、陽太を家族愛ではなく、性愛の相手として愛してしまった事を自覚していたのだから。 だが、陽太のためにも受け入れることは出来なかった。 そして、今現在。 陽太は遠い存在になった。

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