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陽太の決意

正月、玄二が来てくれた。 数年前に奏多は出世したみたいで、三が日は忙しく一緒に過ごせないから。 ソファーに寝転び、ボンヤリテレビを見てる。 朝早く玄二と入れ代わり奏多は陽太の頭を撫でて出かけていった。 年末、久しぶりに奏多に会った。10月のあの出来事以来、奏多はあまり帰って来なくなった。 陽太に恋人の存在がバレたから開き直ったのだろう。 久しぶりに会った奏多は優しかった。 陽太が愛想なしに接しても、怒りもせずに笑っていた。 昨晩は笑わない陽太の側で酒を飲み、紅白歌合戦を観ていた。 ずっとこの時間が続けばいいと、願ったけれど。 「陽太さん、塾は明日からですよね?」 ダイニングの椅子に姿勢良く座る玄二が問いかけてくる。 「うん。そうだよ、明日から」 奏多と気まずくなってから、通いだした現役予備校。 志望校は東京の大学、表向きはだけど。 密かに考えていることがある。 誰も知らないところへ一人で行くつもりだ。 今から思えば、奏多は前々から陽太と離れる計画していたのだろう。 組の顧問弁護士(らしい)の佐伯が中学校の時に陽太の後見人になった。 幼稚園の親子競技も小学校の参観も中学校の三者面談も佐伯や他の人が来てくれた。 運動会も音楽会も奏多は来てくれなかった。 高三の三者面談も佐伯だった。 東京の大学へ行ったら奏多との縁はキッパリと切れる。 このマンションも売ると言っていた。 大学はこのお金でと渡された通帳。 亡くなった父親の遺産で、組が保険金代わりに支払ったものも含まれていた。 大学に行きバイトせずとも生活するに充分余りある金額だった。 「ありがとうございます」 このお金をもらって決心がついた。 佐伯と繋がってる限り、奏多は陽太の事を逐一知ることになるだろう。陽太は何にも知らされないのに。 そんなの不公平だね! 絶対にヤダ! 「明日は何時ごろ、お出かけですか?」 「9時ごろかな」 玄二がスマホに予定をメモしている。 「明日は俺がお送りしますね」 「えっ?いいよ、いつも通り電車で行くし」 「いえ、奏多さんから車で送るように言付かっていますから」 「また、かなたんか…」 「はい」 「ねぇ玄二くん、やくざって楽しい?」 「………」 「やくざになったのに、僕の世話をさせられてどんな気持ち?」 「陽太さんの世話をさせて頂いて光栄です」 玄二が真面目にそう、答えた。 「そうなんだ」 「はい。誠心誠意努めさせていただきます」 「じゃあ、僕の頼みを聞いてよ」 「なんなりと」 玄二の真面目顔がおかしい。 「僕を抱いてくれる?」 ソファーから起きあがり、玄二を見つめる。 「はい?」 「僕の世話を出来て光栄なんでしょ」 「……。それとこれとは」 「玄二くんって男だめなの?やくざって両刀使いが多いって聞くから」 「陽太さん、本気で言われてますか?」 本気だよ。と、言いながら立ち上がり玄二の側に歩いていく。 「奏多に振られちゃったんだよね。僕ガキだから。ちょっとは上手くなったら奏多を誘えるかもね、そうしたら見捨てられないかも」 玄二が眉間に皺を寄せる。珍しいこともあるもんだ…。 「奏多さんは、そんな事を望んでませんよ」 「どうして玄二くんにそれがわかるの?」 椅子に座る玄二の首に抱きついた。 「ねぇ、僕に教えて」 耳元で囁けば、やんわりと腕を掴まれ引き離された。 「陽太さん、お戯れはおよしください」 その言い方が古臭くてプッと吹き出した。 「アハハハハ、おかしいの…」 「陽太さん」 玄二の困った表情。 「玄二くんが抱いてくれないなら、誰か他の奴に頼むよ」 フラフラッと玄二から離れて部屋に戻った。 ベッドに寝転び、白い天井に目をやる。 窓から入った光が明るい帯を作っていた。 玄二に八つ当たりしてどうする。 きっと、玄二は奏多に報告する。それで声をかけてくれたら。なんて、考えてもいる。狡い奴だ、僕も。 また、涙が溢れる。 最近はすぐに泣いてしまう。ホント、泣き虫だと思う。もうじき18才になろうと言うのに。情けない。 正月三が日が過ぎても奏多は帰ってこない。 わかってはいたけれど。 一月の終わりに近づいても、奏多は帰ってこない。玄二に迫ったことも何も言われなかった。玄二は報告しなかったのだろうか?それとも、好きにすれば良いと思っているのだろうか。 どっちにしても、相手にはされなかったと言うことか。 澤本組系人龍会。 奏多のいる事務所へ行ってみよう。父親に連れられて何度か行ったことはあるけれど、奏多と住みだしてからは一度もない。 学校の帰り友人とファーストフード店へ寄ってから塾へ行く。 今日は長身のほうだな。 陽太が護衛に気づいたのは案外早い時期だ。彼らは陽太が何も言わないから気づいていないと思っているだろう。 護衛の彼が塾の入り口が見えるカフェへ入ったのを確認。 見つからないようにそのまま裏口から出て、タクシーを拾った。 玄二からラインが入っている。と、いうことは今日も奏多は帰って来ない。 人龍会事務所の近くで降りて事務所へ向かう。 人龍会事務所は大きなビルに変わっていた。 「えっ?」 これが事務所? 向えのビルの陰に座り込んで人の出入りを眺めていた。 七時過ぎに玄二が出てきてびっくりした。きっと今からマンションへ向かい陽太の夕食をつくるのだろう。 事務所の前に見覚えのある高級車が止まり運転手が出てきた。 あっ、あの人は前に乗ったときの運転手さん! ビルの扉が開いて奏多が出てきた。 そして車に乗り込んだ。 タ、タクシー! 探偵のように後を追いかけて。 高級車は五分ほど走ってすぐに止まった。 奏多が降りて、続いて綺麗な女性が降りた。前に見た女性とは違う女性だった。 北のマンションの恋人かなぁ?。 綺麗な女(ひと)だね。 レストランの入口は眩いばかりの光に溢れて、二人は三段ある階段を上がっていく。 女性の腰に回した手をじっと見つめた。 あの手はもう陽太の頭を撫でてはくれない。 「かなたん」 二人を見送っていた運転手がこちらを向いて。びっくりした目とかち合った。 ペコリと頭を下げて。 その場から逃げ出した。 荒い息を吐きながらたどり着いた知らないカフェ。 カップを両手で包み込んで、ボンヤリしていたらスマホが何度も着信を告げる。 バレたんだろな。奏多の運転手と目が合ったからな。 スマホの電源を落とした。 「一人?俺らと遊ばない?」 「へっ?」 右隣に金髪の男。後ろを振り向けば赤髪の男。 軽い喋り方だが、悪い奴にみえない。 日頃、ヤクザと一緒にいるからかな。 「いいよ」 気づけばそう答えていた。 「よっしゃー、なら行こうぜ!」 腕を掴まれカフェの外へ。 「遊ぶ前に着替えないとな」 制服なのを笑われ、近くの量販店へ服を買いに。店内のトイレで、着替えて。 駅近くのコインロッカーに制服を突っ込もうとしていたら 「陽太さん!」 玄二くん?どうして…? 玄二のホッとした顔。 「帰りましょう」 玄二に腕を掴まれた。側にいた二人の若者は玄二の後ろにいた男達に連れて行かれる。 叫んでいる声が聞こえてくるけど、玄二が離してくれない。 「嫌だよ」 「駄目です、奏多さんが心配していますよ」 「奏多は女とイチャイチャしてるさ、僕のことなんか、心配するわけないだろ?」 振り払おうとした陽太の腕を玄二がグッと力を入れて掴んでくる。 「痛い」 さあ、帰りますよ。と、強い力で車まで引っ張られ、後部座席に押し込まれた。 見たことのない男が運転席にいた。 「出せ」 「はい」 玄二が怖い。 どうして、居場所が分かったんだよ! 護衛は撒いたのに。 玄二に掴まれた腕が痺れてきた。 「玄二くん…」 玄二が前を向いたままため息を落とした。 そして、陽太を見る。 「陽太さん、奏多さんは陽太さんのことを大切に思っていますよ」 いつもの玄二だ。 「大切ってどういう意味で?僕のこと見捨てようとしてるじゃないか!」 陽太の目から涙が溢れていく。 「そんなことないですよ。信じてください」 困った表情の玄二。 中学生になって初めて玄二に会った。高校生になってから、奏多より玄二といる方が多かった。 玄二は寡黙だが、いつも傍にいてくれた。 奏多がいなくて寂しがる陽太の気を紛らわすために大好きなおかずを作ってくれた。 いつも控えめだが、陽太を気遣ってくれた人。 心配かけてごめんね。 ひとしきり泣いた。 奏多は信じられないけれど、玄二は信じれる。 「玄二くん、ごめんね」 俯いて泣く陽太の頭に大きな手がのった。 斎場のベンチで見上げた空。 薄い水色の空で。雲が近かった。 ずっと一緒にいると約束してくれた奏多。 ずっとと言っただろう? 期限付きだったの?かなたん。 あの約束は嘘だったんだね。 一月が行き二月が逃げて三月になった。 その間に東京の大学の合格通知が届いた。 奏多は二月は二回帰ってきて三月はまだ会っていない。 代わりに弁護士の佐伯がやってくる。 組事務所へ行ったことも、玄二に夜遊びを止められたことも、完璧なまでにスルーした。 ない事にされた。 たまに会っても話すのは東京での生活のことばかり。 笑って行く気のない大学のこと。住むつもりのないマンションのことを話す。 嘘に嘘を重ねていく。 絶対に奏多に言われるままに東京へ行くのは嫌だ。 そんなに陽太が邪魔なら消えてやる。 大切な兄貴の息子が居なくなって苦しめばいいんだ! 子供じみた考えだとは分かっている。 余計に自分が惨めになるだけなのも分かっている。 大切で好きな人に幻滅されるであろうことも。 大学の手続きも自分でした事になっている。佐伯に簡単だから自分ですると言って。 全て郵送で出来たので、自分で出しに行くふりをした。意外とバレないものだった。 東京への引っ越し日が三月十六日に決まって。 玄二も手伝ってくれて荷物を纏めている。 もっとも、僕が本当に持ってでるのはキャリーケースの中にあるbag一つだ。 両親の位牌。奏多から幼い頃貰った時計。少しの衣料。 玄二はキャリーケースも引越し便で送ったらどうですか?と、言ったがそれはできないよ。とも言えず。 「大切だから、自分で持って行く」 マンションの契約は佐伯がしてくれて、申し訳ない事をした。 引越し業者も戸惑うことだろう。 だって、新居の住人が消息不明になるのだから。 引越し業者が来て陽太の部屋の荷物が無くなった。残ったのは東京で買う事になっているベッドとチェスト。 引越し便に積み込んだ奏多が買ってくれた、オーディオセットや、服や靴。全部捨てられるのかな…。 当日、奏多はマンションで見送ってくれた。別れは淡淡としたものだった。 「元気でやれよ」 「かなたんもね」 これが最後の会話。 玄二が新大阪まで送ってくれて新幹線に乗り込んだ。 車内通路を歩いていると、やはりというかいつもの通り護衛の彼が、僕と離れた後の座席に座っている。 ごめんね、奏多に怒られるね。 キャリーケースからbagを取り出してから荷物棚に上げた。 窓の外に玄二がいる。 「バイバイ、玄二くん」 ごめんね、ありがとうね。 新幹線が出発して。 京都駅に着いて沢山の人が乗り込んで来た。護衛と僕の間の通路にも荷物を棚にあげる人が沢山いる。発車の合図が鳴り出して。 陽太はbagを持つとダッシュで通路を走り、外へ飛び出した。 護衛の彼が慌てているのが見えた。 新幹線は京都駅に陽太を残して出発した。

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