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奏多の覚悟
通話を終え、手に持っていたスマホをデスクに乱暴に放り投げた。
椅子をくるっと回して窓の外に視線をやる。
椅子に背中を預けて見上げれば、青い空に太陽の光。
陽太。
太陽みたいに明るく皆を照らしてほしいの。と姐さんが考えていた名前。
「はぁ…」
陽太は逃げ出した。
先程、護衛の亮一から連絡が入った。
京都駅で降りたと。
事務所に戻った玄二が陽太のスニーカーと、位牌に仕込んだGPSを追っている。
やっぱりな。
玄二からの報告を聞いても何か企んでいるのは明白だった。バレてないと思っているのも相変わらずだ。
嘘をついても隠せない性格。
良くも悪くも素直。
喜怒哀楽が幼い頃からはっきりとしていた。
その陽太から笑顔を奪ったのは紛れもなく俺。
佐伯から受けた忠告。
「あまり、追い詰めてやるな」
やりすぎると、取り返しのつかない事になるぞ。脅しにも取れた。
日頃、寡黙で忠誠心の強い玄二にも
「もう少し、帰ってやってくださいませんか?」
と、土下座せんばかりに懇願された。
「じゃかあしいわ!」
と、怒鳴って終わらしたが二人からほぼ同時に言われるということは陽太がのっぴきならない状態になっているのが伺えた。
陽太…。
ここで、情けを掛けてしまったら今まで頑張ってきた事が全て水の泡になってしまう。
陽太を引き取る事に躊躇いがなかったと言えば嘘になる。だが、いざ引き取ってみれば、可愛くて可愛くて仕方なかった。
それと同時にヤクザの自分と一緒にいていいのかと悩みの種が出来た。年々、それは大きくなって。
自分がヤクザになったこと自体は後悔は微塵もない。
それに…
陽太が精通を迎えた時、自分の疚しい感情に怖気付いた。
年齢があがる毎に大人びて綺麗になり艶も出てきた、男なのに。
それを獣の目で見る自分。
絶対にさとられてはならない、肉親のように慕ってくれている陽太に。
自分の感情を抑えるのに四苦八苦している頃に陽太の感情の爆発、そして告白。
己の所為だ、勘違いをさせた。
それから、少しずつ距離をとって離れる覚悟を養ってきた。
18才になれば。
大学は東京にやって独り立ちをさせよう。真っ当な世界で生きていけばいい。そう、決心して。去年の10月、突拍子も無い行動をされて挫けそうになったが、堪えた。
それのどこがいけなかったのか…。
ここまで、破茶滅茶な行動を起こすとは想像つかなかった。
最優先事項である陽太の事で頭がいっぱいなのに、次から次へと難題が奏多に降りかかる。
現組長には本妻、妾含めて四人の子供がいるが、一男三女。
組長自身も六人兄妹で一男五女。
完全なる女系の家系。
本妻の晶子が産んだ唯一の跡目の長男。
手塩にかけて育てあげたものの…。
周りの期待を一身に背負う…のを拒否。海外留学をきっかけとして、現地で就職、結婚、移住とあれよあれよと止める間もなくトンズラ。
にわかに周囲が慌ただしくなっていく。
陽太が護衛をまいて事務所へ来た日、一緒にいたのは組長と妾の娘である三女の杏果。
上の二人の娘は既に嫁いでいて、未婚の杏果に白羽の矢が立ったのだろう。
組長から会うように再三打診されていた。組長の思惑が透けてみえて断り続けていたが。断りきれずあの日会った。よりによってそれを見てしまうとは……。陽太は北のマンションに住む恋人と勘違いしているが。
事務所から近いので北のマンションへ足を運ぶ事が多い。
特に気にもしていなかったが、北にいる情人が勘違いをして。
足繁く通うのは寵愛を受けているから。結婚も視野に入っている云々。
誰が言ったんだ?
舎弟たちにも高圧的な態度で接しだした。
年が明けてから、舎弟頭の田所と佐伯をマンションに向かわせ手切れ金を渡して切った。
東のマンションの雇われママとも、陽太の怪我の後直ぐに切れている。顔をみれば陽太の怪我を思いだして、ムカつくから。
今いるのは南のマンションにいる情人一人。
背格好や雰囲気が陽太によく似ていて。
陽太には出来ない、あんなことやこんなことをして。陽太に会えない淋しさを紛らわしている。
杏果と結婚すれば、組長に推挙されるのは間違いないだろう。
組長に進んでなろうとも思っていない。
大学で経済学を学んでいただけに、そちら方面に興味があり、株を動かすのも面白く感じる。
フロント企業の社長兼若頭の位置が自分には適している。
それをどう組長に理解してもらうかだが。
物思いに耽っていると、ノックと同時に玄二が入ってきた。
「若頭、陽太さんは10時30分発の高速バスに乗り込みました。東京方面に向かっています」
「はっ?東京へか?」
行きたくなかった東京へ行くのか?
「はい。新宿には19時15分着です」
「そのまま後をつけろ。気づかれるなよ」
「はい、了解です。徹が乗り込みました。私も新宿に先回りします」
「ああ、頼むな」
「はい。任せてください」
玄二が背中を向け歩きだしたが、扉の前で振り返った。
「何だ?」
「若頭、陽太さんを捕まえてどうする…」
剣呑な表情をしていたのだろう、玄二はそこで言葉を切った。
「失礼しました!」
これでもかと、頭を下げる玄二。
「玄二、頭を上げろ」
恐る恐る頭を上げる玄二に
「早く行け」
それしか言えなかった。
玄二の言う通り、俺は陽太を捕まえて、何がなんでも東京の大学へ行かせるのか?
そのために四六時中監視をつけるのか?
何故、放っておけないんだ俺は。
独り立ちさせるつもりだっただろ?
縁を切るつもりだっただろ?
傷つけて突き放して、帰る所も無いと言い含めて。
そこまでしたのに、密かにどこで何をしているか、逐一報告をさせるつもりだった。
そして、陽太の身に何かあったらまたしゃしゃり出て助けるのか?
一体どうしたいんだ、俺は。
デスクの端で振動するのは放り投げたスマホ。
相手は腐れ縁の佐伯。
「もしもし」
掛かってくると思っていた電話。
「何だ?」
「何だじゃないだろ、逃亡したんだって?」
何を笑ってるんだ!
「切るぞ」
「せっかく知らせてやろうと、思ったのに」
「お前、何を知ってる」
「えー。東京の大学の入学手続きしてないこと?口座の金を他人名義の口座に全部移し替えてること?」
「………。いつから知ってたんだ?」
「声が怖〜い」
こんな時にふざけるな!
「お前、陽太とグルか?」
「違うよ。陽太くんがバレバレだっただけ」
「……。何で俺に言わないんだ」
「ん?守秘義務?」
「……。切るぞ」
「待て待て」
「まだ、何かあるのか?」
「真面目な話。お前、どうするんだ?陽太はお前とどうこうしたいんだ。受け入れられないなら、もう関わるな。俺が面倒を見る。後見人だからな、俺は」
「俺は…」
なぁ、兄貴、許してくれるか?
「…………。」
「どうなんだ、奏多?」
姐さんすまない、俺に陽太をくれないか?
「…陽太は俺が面倒をみる。約束したから、ずっと一緒にいるってな」
「そう、ようやく決心した?」
「ああ、負けたわ陽太に」
「ああ、お前の負けだな。陽太、こっちで滑り止めの大学受けてんだよ。それ入学手続きしてるから。行こうと思ったら行ける。入学金返せよ」
「………。用意周到だな」
「先見の明があると言って」
「ありがとな」
「どう致しまして」
さぁ、陽太を迎えに行くか。
しかし、どうして行き先が東京なんだ?
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