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奏多の企み

スマホを見ながら歩く陽太。 そのうち誰かにぶつかるぞ。 「美少年ですね」 「ああ、可愛いだろ?」 「どこに隠してたんですか?」 表に出すつもりはなかったんだけどな。 「やらねえぞ」 奏多は隣に座る強面の男、琥太郎に笑った。 夕方、陽太より早く東京に着いた奏多は関東連合会系如月組に顔を出した。 陽太の父親が亡くなった抗争。敵対組の鉄砲玉がこの新宿に逃げ込んだ。血なまこになって探している時に手を貸してくれたのが、この如月組だった。 その後、琥太郎の如月組と奏多の人龍会は五分の兄弟盃を執り行い、友好関係を結んだ。 琥太郎は奏多の二歳下の36才。 大卒でヤクザの若頭という境遇がよく似ていて、気も合う。 その琥太郎の案内で車に乗り歌舞伎町にやってきた。 「陽太さんが行っていたバーはうちの三次団体の山門組の店ですね。客層のいいゲイバーを教えたらしいです」 琥太郎が笑いを堪える。 オカマバーの次はゲイバーか? 「それで、教えたのか?」 「ええ、神崎の店を教えたそうです」 「そうか」 「陽太さん、男漁りにきたんですかね?」 そんなこと、俺が知りたいわっ! 陽太ぁ、ちょっと無茶しすぎだぁ。 痛い目にあうぞ。 そんな無防備に隙見せまくってちゃあな。 陽太の背中を眺めながら口角を上げて笑う奏多。 「若頭、何企んでるんです?」 「ちょっと、協力しろや」 「お仕置きですか?」 琥太郎も笑った。 翌日、夜9時。 革張りのソファーに踏ん反り、モニターを観る奏多。 その斜め後ろに直立不動で立つ玄二。 玄二の目もまたモニターに向く。 その二人を笑いを堪えて観る琥太郎。 モニターに映るのはカウンターに座り緊張しながらも、キョロキョロする陽太。 隙だらけの背中に笑うしかない。 カシスオレンジを頼んだはいいが、緊張で手が震えるのか、両手で掴んで飲んでいる。 「あいつは幼児か」 「いえ、一週間前に18才になりました」 生真面目に答える玄二。 「玄二、座れ」 「いえ、私はこのままで」 陽太の隣の席に黒髪に金色のメッシュが入った男が座る。 モニターから話す声が鮮明に聞こえる 「こんばんは、ここ初めて?」 「はははい」 「あはは、緊張してんだ」 「いえ、あの、そそそんなことないです」 「俺達とあっちで飲まない?」 振り向く陽太。 テーブル席には四人の若者がいる。 皆、陽太を見て手を振ったり声をかけている。 「えっ…僕はここでいいです」 「いいんじゃんか」 メッシュ男が強引に手を引く。 席から転げ落ちそうになる陽太。 「嫌がってるだろ?」 何処からともなく現れたメガネを掛けた男が陽太の身体を支える。 「…山𥔎さん」 メッシュ男が怯む。 「大丈夫かい?」 陽太に向かって優しい表情の男。 「…はい」 陽太を元の席に座らすとメッシュ男に向かって 「席に戻れ」 その一言でメッシュ男はすごすごと戻っていった。 「登場」 にやけた顔の琥太郎が一言。 奏多は先程と打って変わり真剣な表情。 モニターの向こうでは会話が続いている。 「怖かったね」 「いえ、大丈夫です。助けて頂いてありがとうございます」 「どういたしまして、俺は山𥔎、君は?」 「陽太と言います」 メガネの男の前にグラスが置かれる。 「乾杯しようか?」 「はい」 「「乾杯」」 陽太のはにかむ笑顔。 最近見てなかったなと思う。 この三年、陽太の笑顔を見ていない。 辛そうに笑う顔だけだ。 どうして、手離せると思ったのだろうか? どうして、他の男に渡せると思ったのだろう。 モニターの中で、男を漁る陽太。 本人が自覚する以前に陽太は十中八九ゲイだ。バイの可能性は低い。 奏多はそう確信している。 夢精をして大泣きしたときも、本人はパニックになっていて覚えてないようだが、「かなたんが夢の中でキスしたから悪い」と、喚いていた。 第一、男のペニスをパクリと出来る奴がノンケのわけがない。 玄二にも抱いてと迫ったようだしなっ! モニターの中の陽太とメガネの男は楽しそうに会話を続ける。 メガネの男は整った外見をしている。年齢は奏多と同じぐらいか。 陽太の肩に男の手が乗る。 陽太は嫌がりもしない。 ムカつく、非常にムカつく。 お互いスマホを取り出して、ライン交換でもしているのか? 陽太のスマホは奏多の知らないスマホだ。 奏多が与えていたスマホはキャリーケースに残されていた。 それから、一時間程肩を寄せ合い会話して、陽太は席をたった。 バイバイと男に手を振り店の外へ。 玄二が慌てて、外へ出ていく。 やれやれだ……。 琥太郎のスマホが鳴る。 「明日の21時に約束したそうです」 「そうか…」 「続けますか?」 「ああ、当たり前だ」 さて、飲みに行くか。 「琥太郎、どっか連れてけ」 「オッケー、行きましょう」 吞まなきゃやってれん。 昨日よりは緊張の解けた陽太がやって来た。既にメガネの男はカウンター席に座っている。 「山𥔎さん」 「陽太くん、来てくれたんだね」 「はい」 奏多はソファーに足を組んで座っている。時折グラスを傾けて。 意識はモニターへ向けている。 10分程会話を続けていただろうか? 陽太が席を立つ。 少しうつむきかげんで。 憂いを帯びた眼差しを前方に向ける。 モニターに陽太の顔がアップで映る。 スマートに会計を済ました男はそんな陽太の腰に手を添えて。 二人は店を後にした。 奏多の表情が能面のようになる。 「手筈どおりに」 琥太郎がスマホに向かって低い声を出す。 玄二は顔色を真っ青に変えて項垂れた。

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