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幕間 玄二の長〜い四泊五日

奏多達が篭るホテルの下層階にある部屋で玄二と徹は、待機中である。 もっとも奏多から連絡するのは「早くても明後日だな」と、恐ろしいことを言われている。 それまで陽太は、生きているだろうか…。 陽太は今、奏多から仕置きを受けている。まさか、殺りはしないだろうが。 陽太ははっきりいって幼い。特に恋愛事は。誰とも付き合ったこともなければ素人童貞すらないだろう。 奏多と陽太が部屋に篭ってから二時間。 日付が変わろうとしている。 処女喪失…。 あー。泣いているだろうな。若頭は鬼畜だから。 隣のベッドで徹はぐうぐう眠っている。とてもじゃないが、玄二は眠れない。 ベッドに寝転び天井を見上げ間接照明で出来た丸を眺めていたら、いつのまにか思考は過去を遡っていた。 九州地方に住んでいた玄二の幼い頃の夢は警察官になること。それで柔道を始めた。 その夢が潰えたのは地元の国立大学に入ってすぐ。 その日は小雨が降り、まだ春なのに初夏のような気温で蒸し暑かったのを今でも覚えている。 新しく出来た大学の友人達と繁華街に来ていた。 肩が当たった当たらないなんて、些細なことで乱闘に巻きこまれた。 玄二は止めた、勿論。 しかし、襲ってきた奴を投げ飛ばしたところ、彼は雨で足を滑らせ頭を強く打ち帰らぬ人に。 警察に逮捕された玄二は、目撃者の証言で正当防衛と認められ不起訴になった。 母親の入っていた傷害保険で賠償金も払えた。 けれど…。 釈放されるまでの刑事の対応に幻滅をせずにはいられなかった。そんな刑事ばかりではないと解っているが。 柔道の師には柔道をやめろと叱責された。 大学に戻っても、ある者は気遣い、ある者は恐れ、どちらにしても玄二は独りだった。そんな玄二に家族は優しかった。 心労でやつれた母親も「忘れなさい」と。 しかし、弟は学校でいじめられ、姉の結婚話は消滅した。 姉は「逆にそれだけの人と分かって良かったわ」なんて笑っていたけれど…。 深夜、自室で涙に暮れていた。 最終的に玄二は大学を退学し家族に二度と戻らないと伝え大阪へ出た。 人龍会のクラブとは知らずボーイとして仕事をしている時に奏多に声をかけられた。 何度もvip roomに呼ばれで、取り留めもない話をした。 ある日、早い時間に奏多がやって来て 「俺の可愛い子の面倒を見てやってくれ」 そう言って連れていかれた先に中学生の陽太がいた。情人の世話をするものとばかり思っていたのに。 薄茶色の髪の毛、長い睫毛にクリクリの瞳。小さく華奢な可愛らしい少年だった。郷里の弟と同い年。こんなに可愛くはなかったが。 陽太は奏多の養い子だった。 「頼めるか?」 「はい!」 人懐こい子で、「玄二くん、玄二くん」と慕ってくれた。 奏多となかなか会えないのを寂しがって玄二に纏わりついた。 料理を必死に覚えて陽太に食べさせた。弁当も作って持たせた。 陽太の世話係になって一年経った頃、日頃おとなしい陽太が部屋で泣きながら暴れ籠城をしたことがある。情人の部屋にいた奏多がすっ飛んで帰ってきた。 怪我した陽太を抱え恐ろしい形相で医者に連れていった。お咎めを覚悟したが、一切無かった。 中三になり、陽太が奏多に告白をしたと聞いて仰天したのを今でも覚えている それから、奏多の足が徐々に遠のいていき、陽太の住むマンションに帰って来なくなった。当然それに比例して玄二は陽太に会う機会が多くなった。 奏多はたまに陽太が眠ってしまってから帰ってきて陽太のベッドの側の椅子に座り陽太を見ていた。 愛おしそうに頬を撫で、髪の毛を梳く。 そして、陽太が目覚める前にマンションを出る。 「帰ったと言うな」そう、言い残して。 この頃に玄二は奏多から盃をもらい人龍会の構成員になった。 陽太にその日あったことを聞いて奏多にラインで報告するのが日常になっていく。 陽太は奏多を恋愛の対象として見ているが、奏多は違う、あくまでも保護者としての親愛の情。陽太の将来を憂い帰って来ないとばかり思っていた、当時は。 そんな日々が三年続いた十月のあの日、何かが起こった。 夏休みに陽太から奏多に東京の大学へ行けと言われたと聞いていたが。 奏多は益々帰って来なくなり、陽太は笑わなくなった。 そして、受験勉強の追い込みをすると、現役予備校に通いだした。 年末久しぶりに奏多が帰ってきて陽太と大晦日を過ごしていた。奏多にしてみれば、これが最後と思っての行動だったのだろう。 正月三が日が過ぎて。 陽太のとんでもない言動。 「僕を抱いてくれる?」 一瞬何を言われたか、解らなかった。 さぞかし間抜けな顔をしていただろう。 よく、その後冷静に言葉を交わせたと思う。 首に抱きつかれ耳元で「教えて」と言われた時には目眩がした。 奏多が大好きで仕方ない陽太。 受け入れてもらえない想いに苦しむ陽太。 可哀想でしかたなかった。 他の誰かを探すと言い捨てた陽太。 すぐさま、奏多に報告をするが 「わかった」 としか、言われなかった。 思い詰めた表情の陽太。 突拍子も無い行動をとらなければいいが。 懸念した通りの事が起こった。 若頭補佐の新田から連絡が入った。 塾に行ってるはずの陽太が護衛をまき奏多を見張っていた…。そして、運転手に見つかり逃げた。 すぐさま、GPSを作動し行方を追った。 捕まえた時には服装も変わり、いちびり二人といた。 有無を言わさず連れ帰った。 その報告をしても奏多は何も言わなかった。そして、陽太の待つマンションへ帰っても来ない。 行き先は南のマンション。足しげく通っている。 奏多が男を囲ったのは初めてと聞く。 その直後、南の住人に初めて会った。 ああ。 立ち竦むほどの衝撃を受けた。 陽太に背格好が似ていた、髪の色も。顔は全く似ていないが、後ろから見ればどちらかわからない程似ていた。 ようやくここで、奏多の陽太に対する感情が明確にわかった。 想いは一緒なのに、別の方向を向く二人。 陽太がどんどん塞ぎ込み、遠くを見るようになっていく。 思い余って、奏多に進言をしてしまった。「じゃかあしい」の一言で終わったが。 そして今回の騒動。 奏多は腹を括った、ギリギリのラインで。 流石の奏多も勿論玄二もまさか陽太が、男に抱かれに歌舞伎町に足を向けるとは思わなかった。突拍子もないのは健在だった…。 奏多の怒りは凄まじかった。 死ぬ気でかけた言葉も瞬殺された。 陽太の無事を祈るしかない。 翌日、徹が買ってきた昼の弁当を食べている時に奏多から電話が入った。 「医者を呼べ」 全身の血の気が引いた。 「まさか…」 言葉に詰まると 「誤解するな、陽太が熱を出した、念のためだ」 「了解しました」 琥太郎に連絡をして、すぐさま医者に往診をしてもらった。 陽太には会わせて貰えず悶々として過ごす。 陽太は大丈夫だろうか…。 抱き潰されて高熱を出しているのだろう。 翌早朝ようやく、奏多に呼ばれ陽太に会った。 「陽太さん」 バスローブ姿でベッドに座る陽太。 熱は下がったのだろうか? 顔色はそれほど悪くはないか? 「熱は下がりましたか?」 「うん、でも…」 身体はまだ痛いの…と俯き小声で言う。 「着替え手伝いますね」 ゆっくりと着替えをさせる、至る所にあるキスマークへの驚愕を隠して。 疲れてはいるが、表立って怪我もしていない。手首が少し赤くなっているぐらいか。 「ありがとう、玄二くん」 「いいえ、ですが無茶をしましたね」 「かなたんに、凄い怒られちゃった」 「怖かったでしょうね」 「うん、凄く」 陽太が遠い目をする。 うん。わかるよ、言いたいことは。 「さぁ、行きましょう」 既に護衛の車は来ていた。 後ろの車の四人は陽太と初対面だ。 既に陽太は奏多の本命の情人と聞いているのだろう。男とは聞いていないだろうが…。 素知らぬふりでうやうやしく頭を下げていた。 そして。 ベンツ後部座席に座る奏多と、その膝枕で眠る陽太。 バックミラーに映る奏多のデレデレの表情。 そんな顔も出来るんですね…。 まぁ、一件落着ということで。 玄二はフロントガラスから見える青い空を見上げた。

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