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お題『おやすみなさい』(稜而×遥)
庭のプールサイドのテラスでバーベキューの準備をしていると、遥の声が聞こえてきた。
「むきーっ! 遥ちゃんだって、浮き輪があるから無敵なのん!」
遥は、大きなドーナッツ型の浮き輪の真ん中に身体を入れ、糸切り歯を剥き出しにして怒っていた。
その隣をコリー犬のジョンが犬かきで悠々と泳ぐ。
遥はジョンに追い抜かれると、また「むきーっ!」と声を上げていた。
「どうして犬と、そんな複雑な喧嘩ができるんだか」
俺にはそのメカニズムがわからなくて、首を傾げつつ、甘いバーベキューソースに漬けた肉と、何の味付けもしていない肉を、網の上でじっくり焼いた。
そろそろプールで遊ぶ一人と一頭に声をかけようと思ったとき、全身から雫を垂らしたジョンが足許にやって来た。
黒い鼻で俺の手を突き上げるので、素直に頭を撫でてやっていると、ラッシュガードにハーフパンツ姿の遥も、雫を垂らしながら走って来た。
「むきーっ! 自分は悪くない、みたいな顔して、稜而に言いつけっこするのは、ずるいのーん!!! 喧嘩は両成敗って、お代官様が金の饅頭をもらってうしししししな時代から決まってるのん!」
ジョンはタイミングよく、ふんっと鼻を鳴らすから、何か、遥とジョンの間ではコミュニケーションが成り立っているのだろう。
「そろそろ肉が焼けるよ。遥もジョンも、よく身体を拭いて、風邪を引かないようにね」
俺がジョン専用のセームタオルを広げると、ジョンは素直にその中へ入って来て、トライカラーの絹のような被毛をまとう身体を拭かせる。
「ジョン、いい子だね」
褒めながら身体を拭いていると、
「あーん! 遥ちゃんもなのよー! どーん!」
と、遥が俺の肩に頭を押しつけてきた。
「はいはい。遥もいい子だね」
水泳用のセームタオルを広げ、遥のミルクティ色の髪も拭いてやると、遥は顎を上げ、ジョンを見下ろした。
「遥ちゃんは、いつも稜而にシャンプーしてもらって、こうやってタオルドライしてもらってるのん! ブローもしてもらってるのよー!」
ジョンは上唇を持ち上げ、遥に向けて犬歯を見せ、遥は俺に抱き着き、ジョンは鼻っ面を押し込んで、俺たちのあいだへ割って入る。
「ジョン、おじゃま虫さんなのよ!」
「ぐるるるるるる」
いがみあう遥とジョンから離れ、俺は皿を差し出した。
「さあ、食べよう。ジョンはこっちの皿な。水分補給もするんだよ」
地面に専用の水入れと餌皿を置いてやると、ジョンは自主的にマテとオテとオカワリをしてから、餌皿に口をつけた。
「はい、稜而。ふうふうして冷ましたのん。あーん!」
遥が自分の唇で温度を測った肉を口許に差し出してくれて、俺が素直に口を開け、その肉を食べていると、腹を押す感触があって、ジョンが、俺と遥のあいだに鼻っ面を押し込んでいた。
「ふふん。悔しかったら、二足歩行して、その肉球でお箸を持ったらいいんだわー!」
「ぐるるるるるる」
「だから喧嘩するなってば」
遥とジョンは、どちらかが肉を食べれば肉を食べ、野菜を食べれば野菜を食べて張り合った。
「お腹がいっぱいになったら、眠くなっちゃったのよー。ふわわわわ」
遥があくびをすると、ジョンも大きな口を開けた。
「ぴしゃーっ!」
あくびをして、むちゃむちゃと口の中で舌を動かす。
どうするのかと見ていれば、デッキチェアに寝た遥の隣に飛び乗って、二人はまた押し合い、へし合いを始める。
「ちょっ、狭いのん! 重い!」
「ふがっ!」
「喧嘩するなよ」
火の始末をしたら、仲裁しに行かなくては。
革手袋を外して駆けつけると、遥とジョンは互いの身体がデッキチェアから落ちないように抱き合い、ゆったりと腹式呼吸をして、眠っていた。
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