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お題『忘れ物』(舟而×白帆)
「僕はブレンド。こちらにはココアを」
舟而と白帆は、飴色の柔らかな革のソファに並んで身体を沈めると、それぞれに文庫本と色鉛筆を取り出した。
舟而は青色、白帆は赤色を使って、柔らかなクリーム色の紙に並ぶ活字を辿り、時折傍線を引く。
どちらの文庫本にも、先に相手の色の線や書き込みがあり、二人はそれぞれのタイミングで深呼吸をしたり、運ばれてきた飲み物に口をつけたりしながら、読み進めていった。
「ふうん。改めて読んでみると、案外悪い人生じゃなかった」
「さよですねぇ。幸せだったと思いますよ。最後はちょっと意気地がないように思いますけど」
「そうかい? 僕はむしろ、その最後の姿に胸を打たれたけれども」
「ふふっ。でも、これよりほかの生き方は、やっぱりできなかったんでしょうねぇ」
舟而はコーヒーカップの中身を飲み干し、白帆はゆっくりココアの甘さを味わって、互いに頷き合うと、立ち上がった。
店員は会計を済ませた二人を見送り、テーブルの上に二冊の文庫本が置かれているのに気づいて、慌てて店を出たが、その姿はどこにも見当たらなかった。
「そんな急いだ感じでもなかったのに、歩くの早いなぁ」
レジの後ろの棚へ、日付と時間を書いたメモと一緒に二冊の文庫本を重ねた。
「面白くなくて、わざと置いて行ったんじゃね?」
「それにしちゃ、熱心に色鉛筆で線を引いてあるけどなー。しかも二冊とも同じ本を読んで、交換してる」
「へー。なんてタイトル? 面白いのかな?」
「『銀杏白帆といふ役者』だってさ」
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