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お題『寝顔』(舟而×白帆)
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<個人的なお題追加>
下記のツイートの流れから、『三つ指ついて「ずっと先生のこと離しませんから」』
https://twitter.com/y8m3s2k4m2y8/status/956879110344654848
イラストについてはこちらもご覧くださいませ!
夢咲まゆさんの線画→https://fujossy.jp/fanarts/603
むにさんによる着彩→https://fujossy.jp/fanarts/601
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実煮 書店という小さな出版社に、芽野 という女性編集者があった。
男のような断髪にハンチング帽をきゅっと被り、ニッカボッカのようなズボンを穿いて、大股で歩く女性だった。
「実煮書店の芽野でございます!」
玄関から声が聞こえて、舟而は頭から座布団を被った。
「ああ、もうっ! 何度も断っているだろう。今は原稿を引き受ける余裕はないんだ。……白帆、僕はいないと言ってくれ!」
「かしこまりました」
白帆は玄関へ出ると、畳に膝をつき、手をついて挨拶をした。
「ごきげんよろしゅうございます。先生はただいま、お出掛けにございます」
清水が流れるような美しい所作で挨拶しても、芽野は白帆の肩越しに家の中を覗く。白帆がその視線を遮ろうと身体を左右に傾けても、めげずにその反対側から家の中を覗いた。
「あ、あの。お出掛けにございますから! お引き取りくださいまし!」
「まあ、お取次ぎは、なんて意地悪をおっしゃるんでしょ。よもや実煮書店の芽野が来て、先生が居留守などなさるはずがございません! 先生、先生、いらっしゃいますのでしょう!」
廊下を塞ぐ白帆の肩を簡単に押しのけ、革靴を脱いで家の中へ上がり込む。
「お、お待ちくださいまし!」
追い縋る白帆の手を振り払い、突っ立ったまま書斎の戸を開けた。
「ほら、やっぱりいらっしゃった。今日こそ『女性論論』への原稿を頂戴致します!」
「勘弁してくれ!!!!!」
ようやく芽野を追い返した数日後、舟而は熱を出した。往診に来た医者は風邪と診断し、白帆は土鍋で粥を炊いて、舟而の口へ運んでいた。
「はい、あーん……」
舟而は素直に口を開けて、匙に乗った艶めく白粥を食べた。
枕元に座る白帆の膝へそっと手を乗せ、撫でていると、また玄関の戸がガラリと開く。
「ごめんください! 実煮書店の芽野でございます! お風邪をお召しになったと伺って、馳せ参じました!」
舟而は痛む頭を両手で押さえて呻いた。
「なんで知ってるんだ?」
寝間の襖がさっと開いて、白帆を突き飛ばして枕元に座る。
「お宅から、お医者さまが出ていらしたから驚きました。風邪と言えども、油断はいけません。……まあ、お食事はお粥だけですか? お粥なんて、ご飯をさらに水で薄めたようなものだけじゃ、栄養が足りません。お見舞いに卵をお持ちしました。玉子酒をお作りします。お台所を拝借!」
追い縋る白帆を振り払って、台所へ行く。
「まあ、こんなに荒れて。男所帯はこれだから!」
「それはたまたま……。ふきこぼしちまったんです。先生へお粥をお上げするのが先と思って、つい……」
「女を軽んじるから、こんなことになるんです。女は家庭の要です。太陽です。お台所は私が致しますから、あなたはどこへなりといらっしゃい!」
「そんな……」
がみがみした声に、白帆の弱々しい声が重なるのを聞き、舟而は寒気に震えながら布団を被る。
「本当に勘弁してくれ。今の僕に仲裁する力はないんだ……」
次に目覚めたとき、廊下からは雑巾を押して走る足音が聞こえていた。
「ああ、また白帆の掃除熱が上がった……」
人一倍掃除には気を使っているたちなのに、台所のふきこぼれを言われたのだから、相当腹が立っているのだろう。雑巾を絞った水の跳ねる音も、裸足の足で廊下を蹴る音も、盥の水を庭へぶちまける音も、すべてが角立っていて、とても聞いていられない。
怒りに任せた足音が寝間に近づいてきて、舟而は慌てて頭の上まで布団を被る。
「女が、女がって、私だって、そうあろうと……」
独り言と共に衣擦れの音がして、布団の隙間からそっと覗くと、襷と前掛けを足元へ落とし、続けて仕着せ縞の着物を脱いで、菊文様の柔らかな小紋を着付けていく様子が見えた。
「洋装が何ですか。私だって着物なら……っ」
そう自負するだけのことはある、しゃんとした姿で姿見の前に立ち、帯を結ぶと鏡に向かって笑い掛けた。
「私、どなたにも負けませんっ!」
踵を返して、歩いてくる気配に、舟而は慌てて寝顔を作った。
枕元にそっと座ると、白帆は舟而の寝顔を見つめ、三つ指をついて宣言した。
「私、ずっと先生のこと離しませんから」
白帆の凛と響く声に、舟而は今目覚めたような下手な芝居をして目を開けて、しっかりと頷いた。
「僕も、お前さんのことは離さないよ。そんなに気取らなくても、お前さんは、お前さんのまま、僕のそばにいておくれ」
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