7 / 23

お題『寝顔』(舟而×白帆)

---------- <個人的なお題追加> 下記のツイートの流れから、『三つ指ついて「ずっと先生のこと離しませんから」』 https://twitter.com/y8m3s2k4m2y8/status/956879110344654848 イラストについてはこちらもご覧くださいませ! 夢咲まゆさんの線画→https://fujossy.jp/fanarts/603 むにさんによる着彩→https://fujossy.jp/fanarts/601 ----------  実煮(みに)書店という小さな出版社に、芽野(めの)という女性編集者があった。  男のような断髪にハンチング帽をきゅっと被り、ニッカボッカのようなズボンを穿いて、大股で歩く女性だった。 「実煮書店の芽野でございます!」  玄関から声が聞こえて、舟而は頭から座布団を被った。 「ああ、もうっ! 何度も断っているだろう。今は原稿を引き受ける余裕はないんだ。……白帆、僕はいないと言ってくれ!」 「かしこまりました」  白帆は玄関へ出ると、畳に膝をつき、手をついて挨拶をした。 「ごきげんよろしゅうございます。先生はただいま、お出掛けにございます」 清水が流れるような美しい所作で挨拶しても、芽野は白帆の肩越しに家の中を覗く。白帆がその視線を遮ろうと身体を左右に傾けても、めげずにその反対側から家の中を覗いた。 「あ、あの。お出掛けにございますから! お引き取りくださいまし!」 「まあ、お取次ぎは、なんて意地悪をおっしゃるんでしょ。よもや実煮書店の芽野が来て、先生が居留守などなさるはずがございません! 先生、先生、いらっしゃいますのでしょう!」 廊下を塞ぐ白帆の肩を簡単に押しのけ、革靴を脱いで家の中へ上がり込む。 「お、お待ちくださいまし!」  追い縋る白帆の手を振り払い、突っ立ったまま書斎の戸を開けた。 「ほら、やっぱりいらっしゃった。今日こそ『女性論論』への原稿を頂戴致します!」 「勘弁してくれ!!!!!」  ようやく芽野を追い返した数日後、舟而は熱を出した。往診に来た医者は風邪と診断し、白帆は土鍋で粥を炊いて、舟而の口へ運んでいた。 「はい、あーん……」 舟而は素直に口を開けて、匙に乗った艶めく白粥を食べた。  枕元に座る白帆の膝へそっと手を乗せ、撫でていると、また玄関の戸がガラリと開く。 「ごめんください! 実煮書店の芽野でございます! お風邪をお召しになったと伺って、馳せ参じました!」 舟而は痛む頭を両手で押さえて呻いた。 「なんで知ってるんだ?」  寝間の襖がさっと開いて、白帆を突き飛ばして枕元に座る。 「お宅から、お医者さまが出ていらしたから驚きました。風邪と言えども、油断はいけません。……まあ、お食事はお粥だけですか? お粥なんて、ご飯をさらに水で薄めたようなものだけじゃ、栄養が足りません。お見舞いに卵をお持ちしました。玉子酒をお作りします。お台所を拝借!」 追い縋る白帆を振り払って、台所へ行く。 「まあ、こんなに荒れて。男所帯はこれだから!」 「それはたまたま……。ふきこぼしちまったんです。先生へお粥をお上げするのが先と思って、つい……」 「女を軽んじるから、こんなことになるんです。女は家庭の要です。太陽です。お台所は私が致しますから、あなたはどこへなりといらっしゃい!」 「そんな……」  がみがみした声に、白帆の弱々しい声が重なるのを聞き、舟而は寒気に震えながら布団を被る。 「本当に勘弁してくれ。今の僕に仲裁する力はないんだ……」  次に目覚めたとき、廊下からは雑巾を押して走る足音が聞こえていた。 「ああ、また白帆の掃除熱が上がった……」  人一倍掃除には気を使っているたちなのに、台所のふきこぼれを言われたのだから、相当腹が立っているのだろう。雑巾を絞った水の跳ねる音も、裸足の足で廊下を蹴る音も、盥の水を庭へぶちまける音も、すべてが角立っていて、とても聞いていられない。  怒りに任せた足音が寝間に近づいてきて、舟而は慌てて頭の上まで布団を被る。 「女が、女がって、私だって、そうあろうと……」 独り言と共に衣擦れの音がして、布団の隙間からそっと覗くと、襷と前掛けを足元へ落とし、続けて仕着せ縞の着物を脱いで、菊文様の柔らかな小紋を着付けていく様子が見えた。 「洋装が何ですか。私だって着物なら……っ」  そう自負するだけのことはある、しゃんとした姿で姿見の前に立ち、帯を結ぶと鏡に向かって笑い掛けた。 「私、どなたにも負けませんっ!」 踵を返して、歩いてくる気配に、舟而は慌てて寝顔を作った。  枕元にそっと座ると、白帆は舟而の寝顔を見つめ、三つ指をついて宣言した。 「私、ずっと先生のこと離しませんから」 白帆の凛と響く声に、舟而は今目覚めたような下手な芝居をして目を開けて、しっかりと頷いた。 「僕も、お前さんのことは離さないよ。そんなに気取らなくても、お前さんは、お前さんのまま、僕のそばにいておくれ」

ともだちにシェアしよう!