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お題『涙の理由』(稜而×遥)

「あーん、あーん、なのよー!」  稜而がソファに座って新作RPGをやり込んでいる前を、風呂から出てきた遥は上を向いて「あーん、あーん」と言い、バスローブ姿で右へ左へ往復する。  稜而の前を通り過ぎるときは、歩く速さがゆっくりになり、上を向きながら、横目で稜而を見て、稜而が遥のことを見ているのを確認してから、さらに大きな声で「あーん、あーん」と言う。  一度目はそのまま見送り、二度目も目で追うだけで見送ったが、三度目でとうとう声を掛けた。 「どうした?」  遥はすかさず稜而の隣に座り、バスローブのポケットから取り出した目薬をさしてから、若草色の瞳を稜而に向ける。 「見て、稜而。遥ちゃんは泣いているの!」 目薬が流れ出て、泣いているという遥の白目は充血するどころか、青白いほどに冴えていた。  稜而は顔を逸らし、緩む口許をこぶしで隠し、咳払いをしてごまかしてから、遥の方へ向き直った。 「そんなに泣いて、どうしたんだ?」 「遥ちゃん、今日は教会に行って『これからバザー用のクッキーを焼くのだけれど、ご一緒しません?』って言われて、教会のキッチンでマダムたちとクッキー焼いて、さらにお茶飲んじゃって、やっべえもうこんな時間オレ帰りますって線路沿いの道をダッシュしたのはいいんだけどそのときに左手をガッてフェンスにぶつけちゃってああもうオレ何やってんだよってそのまま走ってスーパーで買い物して帰って来て今ジャケットの左袖を見たら破れてたのよー! ごめんなさいー!」 「なるほど。リペアすればいいのでは?」 「あーん! そう言ってくれると遥ちゃんは泣かなくて済むのよーっ!」  一転して元気な声を出した遥が持って来たのは、黒革のライダースジャケットだった。  左の袖口についていたベルト金具がひしゃげていて、金具の根元から革が千切れ、そのかぎざぎは肘上にまで至っていた。 「お、お前……、これ……」 「あーん! あーん! 稜而の大切なライダースジャケットなのよー。稜而がお医者さんになって初めてもらった冬のボーナスで買ったのよー! こんなになっちゃって、悲しくて、遥ちゃんは稜而の代わりに泣いてるんだわー!」 「お前なぁ……」 「ごめんなさいなのよー! お詫びに遥ちゃんのお尻を好きにしていいのよー!」 「し、尻をっ?! 遥の尻を……っ、好きに……」 稜而の頬は一気に紅潮し、勢いよく遥に抱きついた。 「は、遥。破いたのはジャケットだけ? ほかに破いたものはない? 次は何を破く? 何か破きたいものはあるか?」 遥の耳に熱っぽい息を吐きかける稜而を抱きとめて、遥は鈴が転がるように笑う。 「あーん、鼻息むはむはなのん! ……あのね、遥ちゃんってば、今、おリボンを解くとすぐにお尻の縫い目がパッカーンって破けちゃうおパンツを穿いてるんだけど。稜而、おリボン引っ張って破いてみる?」 「や、やややややや、破くっ! 破くから、俺のビッグマグナムも好きにしてくれ! 頼む!」 「あーん! 美味しいお話! いただきますなのよ!」 「召し上がってくれ!」 遥はそのままゆっくりソファに押し倒されていった。 「うしししし、泣き虫作戦大成功なのーん! でも、ジャケットの袖は本当にごめんなさい。ちゃんと修理に出すわー!」

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