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お題『ふたりだけの宴』(舟而×白帆)
「梅は咲いたか、桜はまだかいな」
白帆は楽しそうに歌いながら、縁側に座布団を置く。
「にゃあん」
「はい、はい。餡子の座布団も置きましょうね」
一回り小さい赤い座布団を置くと、猫の餡子はその上へ乗り、尻尾を追うように半周して収まった。
「あんころ餅のできあがりね」
白帆が切れ長の目を細めているところへ、長着姿に兵児帯を結んだ舟而がやってきた。
「梅は咲いたか、桜はまだかいな、と。見事に咲いたな」
羽織裏を仕立て直した座布団へ座り、梅の花に目を細める。
「ええ。香りもいいですよ」
白帆は庭下駄を履いて梅の木の下へ行くと、指先で触れるだけで落ちる花を手に受けた。
「今、お酒をお持ちしますね」
沓脱石で庭下駄を脱ぎ、台所からお盆を持って戻って来る。盃には今、枝を離れたばかりの梅の花が添えられていた。
「おひとつどうぞ」
白帆が酒を注ぐと、梅の花はゆらりと持ち上がり、舟而の鼻へ春の香りを届けた。
「ああ、いい香りだ。『酒杯 に、梅の花浮かべ、思ふどち、飲みての後 は、散りぬともよし』か。お前さんも一緒にどうだい」
稜而が持ち上げて見せた徳利に、白帆は両手で盃を差し出す。
「いい陽気に、いいお酒で、すぐ気分がよくなっちまいそうです」
「目を回したら、僕が添い寝して介抱してやるよ」
「まあっ」
酒に酔ったのか、舟而の言葉に照れたのか、頬を赤く染めて白帆は笑い、そのままふわりと舟而の肩へ頭を乗せる。
「こうしてお側にいることができて、嬉しゅうございます」
「よくよく僕のところへ来てくれたね」
「当たり前じゃござんせんか。ほかに行くところなんてございません」
「そうかい。僕もお前さんなしじゃ、おちおち昼寝もしていられなかったけどね」
舟而が白帆の肩へ手を回そうとしたとき、白帆は突然頭を起こし、立ち上がった。
「そうそう。チョコレートをいただいたんです。バレンタインデーだからって、稜而さんと遥ちゃんがお供えしてくだすったんですよ」
バランスを崩して後ろ手をつく舟而に、白帆は目を丸くする。
「先生、もうお酒が回っちまいましたか」
「いや、僕は大丈夫。チョコレートを持っておいで」
隣に戻ってきた白帆は、ゆっくりと口の中でチョコレートを溶かし、酒を流し込む。
「ボンボンみたよで、美味しゅうございます。先生もいかがですか」
「ん? 僕はこちらで」
改めて白帆の肩を抱き、チョコレートの残る唇へ、そっと唇を触れさせた。
「充分に甘い」
「まぁ、先生ったら」
二人は肩を寄せ合い、池の水面を見た。そこにはポケットに両手を突っ込んで歩く稜而と、その周りを賑やかに喋りながら飛び跳ねる遥の姿があった。
「ふふっ、私たちにもあんな頃がありましたねぇ」
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