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お題『誘拐』(稜而×遥)
稜而が職員通用口から出ると、目の前に自分のスポーツカーが停まっていた。
「さあ、大人しく助手席に乗ってもらおうか、ふはははは、なのん」
真っ黒なサングラスを掛け、マスクで鼻と口を覆った遥が、人差し指と親指を突き立ててちらつかせながら稜而に指示する。
「家まで、車より徒歩のほうが早いのに」
助手席に乗ってシートベルトを締めながら、稜而が苦笑した。
「誰がおウチに帰してあげるって言いましたのん? これは誘拐ですのよ」
「誘拐?」
「さあ、しばらく大人しくしていてもらおうか、なのん! ♪きょうは、りょーじさらって、ゆうかいつれさり、くーちふうじして、そうーこがいー!♪」
「倉庫街?」
「誘拐して連れ去る先は、倉庫街って決まってますのん!」
遥は唇で唇を塞いで口封じをして、稜而の身体をシートベルトで固定し、目をアイマスクで覆い、耳をヘッドフォンで覆った。
「直明けにアイマスクとクラシックピアノだなんて、即寝落ちるぞ」
と言い終えるのと同時に、稜而は気絶するように眠った。
「ハンカチで鼻と口を覆わなくても、勝手に寝ちゃいましたのん。うしししし」
遥はマスクを外し、運転用のサングラスに掛け替えると、寝ている稜而を起こさないように、静かに車を発進させた。
稜而が眠っている間に車は市街地を抜け、いくつかの橋を渡って運河沿いの倉庫街の一角に停まった。
稜而の耳からヘッドフォンが外され、かわりに遥の声が聞こえる。
「キャベツを返してください! 元気なんですか? 声だけでも聴かせてくださいなのん! ……身代金? もちろんです! 言われたとおりに子ども銀行券で一兆円、黒い鞄に入れましたのん! ……えっ? 橋の下を通る船に鞄を落とすんですか? それで、本当に稜而は返してもらえるんですね? ……えーいっ! どさっ! ……車の中? 稜而は車の中にいるんですねっ? ……りょうじーっ!」
「なんだ、なんだ?」
「稜而、元気ですかーっ! ダーッ! なのん!」
「げ、元気だけど……?」
「それはよかったですのん。さあ、茶番はここまでですのよ。あの倉庫まで歩いてもらいますのん」
遥は稜而のこめかみに人差し指を突き立てた。
「ん? 俺、子ども銀行券と引き換えに助かったんじゃないの?」
「実は奥さんがすべての黒幕でしたのん! ふはははははは!」
「意表を突く展開だな」
稜而は苦笑して前髪を吹き上げ、遥に背中を押されるまま歩いて、突き当たりの運河に面した倉庫の前で足を止めた。
「無駄な抵抗は止めて、大人しくこの中へ入りなさいなのん!」
抵抗せず、一緒に倉庫の中へ入ると、そこはレストランだった。
「何?」
「Joyeux anniversaire ,RYOJI! お誕生日、おめでとうございますですのんっ! さあ、お祝いのテーブルまで大人しく歩きなさいなのよー! ご馳走とケーキをたっぷりお見舞いしてやるわー!」
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