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大学生活も半分を過ぎる頃、俺と海里は何故か学内で有名人になっていた。 元々入学したときから俺たちは正反対の意味で目立っていたのだけど、そんな俺たちがつるんでいると余計に目立つらしい。 俺も海里も、特別目立つような行動は取っていなかったと思うのだが。 海里は俺が注意してからは最低限の身だしなみには気を遣うようにはなったけれど、無愛想な態度は特に改善されることはなく。 でも、何故か俺の言うことだけは素直に聞いて受け入れるものだから、俺はしょっちゅうほかの学生に『どうやってあの尾関海里を懐柔させたんだ!?』と聞かれていた。 なので誰かが海里に用があるときは、円滑に済ますために必ず俺に仲介役を頼んでくるのだった。 しかしその理由が分からない海里は、憮然とした顔で俺に文句を言ってくる。 「なんであいつらは俺に話があるときいつも間に凌介を挟んでくるんだ?もしかして俺は、日本語が分からないとでも思われているのか?」 「うーん、日本語以前の問題だな……」 「?」 海里は雰囲気だけで変人、もしくは怖い奴だと思われているけど(まあ間違ってないけど)、ちゃんと話してみれば単なる天然ボケで無愛想なだけだと分かるのに、もったいない。 でも俺が海里を苦手な友人にそう言うと、『凌介はなにも分かってない!あんな冷たい天然ボケが存在するか!』と怒鳴られるのだ。 いったい海里は、俺以外の人間に対してどういう態度で接しているのだろうか……多分本人に訊いたところで『ごく普通の態度だ』としか言わないだろうけど。 海里の普通は普通じゃないが、俺はもうそこには突っ込まないことにしている。 ちなみに学生としては至極真面目なため、海里は教授連中にはたいそう気に入られていた。 海里が俺だけに懐いてくる理由は、俺にもよく分からなかったのだけど……奇人変人だが天才、と名高い海里が唯一心を許している存在が自分である、というのは非常に心地良くて、少し自慢でもあった。 後にそのことを海里に告白すると、毎回眉を寄せて微妙な顔をされるのだが――きっとキャッチフレーズが気に入らないのだろう――俺は海里のその顔を見るのが好きなので、酔っているときは今でもよくこの話をする。 * 俺は二年生になっても相変わらず特定の恋人は作らなかったが、女性に誘われればデートには大体応じていた。 しかし海里は、俺がデート中であっても何か面白いことを見つけたり、一緒にやりたいことがあったときは、無理矢理俺を女性から引き剥がして自分のペースに巻き込んできた。 もちろん、女性の手前もあって何度か注意はしたのだが……。 「凌介!砂原教授の部屋で面白い論文を見つけたんだ、借りてきたから今すぐ読んで感想を聞かせてくれ。その後実験しよう」 「海里、俺は今デート中なんだけど……」 「? それって実験よりも優先させないといけないことなのか?」 ひとかけらの嫌味もなく、子どものように純粋な瞳でそんなことを言われたら、俺も隣にいる女性も海里に返す言葉がなかった。 「……尾関海里って噂に違わず変人なのね。でも、私から無理矢理あなたを横取りしたいだけのようにも思えるわ」 「それはまあ、そうだろうけど」 「え?」 「いや、変な意味じゃなくてね」 そのままの意味だ。そんなことが何回もあったせいで、俺達が同性愛者なのではないかという下卑た噂が立つこともあったが、海里が気にする様子は無かった。 というより多分、そんな噂があったこと自体今でも気付いていないだろう。 今も昔も変わらず、尾関海里という男は自分が興味のあること以外は心底どうでもいい性質(タチ)なのだ。 かと言って、俺たちは四六時中いつも一緒にいるわけではなかった。 周囲にはそういう風に見えていたらしいが、それはあまりにも海里が俺以外の人間を寄せ付けなかったせいだろう。 しかし、海里は自分が俺を必要とする時以外は一切絡んでこない。それはもう、この俺ですら(なんて冷たいんだこいつは)と思うほどに。 何故いつも俺ばかりが海里に振り回されないといけないのだろう?と思うことはあった。けど、すぐに考えるのを止めた。 海里には知り合った頃から振り回されていたのだし、尾関海里とはそういう人間なのだ、と受け入れればなんてことはない。後にも先にも、俺より海里と上手く付き合える人間は現れないだろう。 それに、何度デートを邪魔されても俺は海里のことをうっとおしいと思ったことがない。 女性とデートをするよりも、海里と話している方が何万倍も楽しかったからだ。 なので俺は、相手の女性には失礼極まりないのだが、デートの最中に海里が突撃してくるのが一種の楽しみになっていた。 もちろん、デートのたびに毎回海里が来るわけではないけれど。(俺も頻繁にデートをしていたわけではない) でも俺は、海里が普段は出さない大きな声で『凌介ー!』と俺を女性から奪いに来るのを、いつもワクワクしながら待っていた。 まるで当時一世風靡したテレビゲームの――今でもその人気は健在だが――亀の城に囚われて赤い服を着た男が助けに来るのを待つ、ピンクのドレスを着たお姫様のように。

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