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海里と初めて肌を合わせたのは、大学3年の夏のことだった。
海里は通常の飲み会にはほとんど来ないのだが、教授や助教授が参加するゼミの打ち上げだけは律儀に参加していた。(酒は飲まないが)
そして今回は珍しく……というか俺が知る中では初めて、自分から酒を飲みたいと言い出したのだ。
「酒が飲みたいだって?でもおまえ、前にビールの泡を舐めただけで苦いって言って吐き出したじゃないか」
「女性がよく飲んでるやつがあるだろう。あれなら俺でも飲めるかもしれない」
「梅酒か?まあそれは飲めるだろうけど……別に無理して飲むことはないんだぞ?」
「うるさい。……たまには俺も、お前らみたく楽しい気分になりたい時があるんだよ」
「………」
後から聞いた話なのだが、海里の両親が事故で亡くなったのは今と同じ8月で、この時期は少しナーバスになるらしい。
普段は全くそんな態度は見せない海里が感傷に浸る姿は、不謹慎だが少し可愛いと思った。
思い返せば、このときからだろうか。
俺が、海里をなんとなくそういう意味で意識するようになったのは。
特別な存在だと思い始めたのはもっと前のような気がするけれど、それはあくまで親友としての意味で、……………
「檜山 君!どうしよう、尾関君梅酒で潰れちゃったみたい」
「は?……海里?おい、海里!」
俺がぼんやりと考えごとをしている間に、海里は梅酒が普通に飲めると思ったのか薄めずに既に3杯は飲んでしまっていた。
同じゼミ生が海里の異変に気付いたときには、顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏して潰れていた。
打ち上げが始まってまだ一時間程しか経っていなかったが、俺は海里を寮に送ってそのまま離脱することにした。
送ったあとはまた戻ってきたらいいのにーと言われたが、なんとなくいつもと違う海里を1人にしておきたくなかったのだ。
海里は完全に酔い潰れて寝ていたので、肩を貸すよりもおぶった方が楽だと思いそうした。
相変わらず一日一食しか食わない海里の身体は、多分他の男よりもかなり軽い。身長も俺より低いし、肩も腰も細くて……もしかしたら女性よりも華奢かもしれない。
時々背中からすん、と鼻を鳴らす音が聞こえて、海里が泣いているのに気付いた。
「海里?起きたのか?」
「……ぐすっ………かあさ、ん。とうさ……」
「……………」
どうやら、悲しい夢を見ているようだった。
海里は今まで何も言わなかったけれど、まだハタチそこそこなのに家族が全員いなくなってしまって、そんなの淋しいに決まっている。
俺はまだ一度も家族や近しい人を亡くしたことがないから、海里の経験した悲しみや喪失感は想像でしか分からない。
それに海里は変人だから、そういう人間らしい感傷は持ち合わせてないんじゃないかと勝手に思い込んで……いや、決めつけていた。
「海里……ごめんな」
俺は、普段は飲まない酒を『おまえらみたいに楽しくなりたい』と言いながら無理して飲んだ海里を、そして案の定潰れてしまった海里のことを愛しいと思った。
海里の部屋に着くと、勝手に鍵を開けてベッドに寝かせてやった。
そして、海里の目の縁を少し濡らしたあどけない寝顔にドキッとした。
――俺、海里なら抱ける。
ふと、そんなことを思った。
抱ける?……いや、むしろ抱きたい。
俺は海里を、抱きたい。
同じ男なのに、何故こんなに興奮するのか意味が分からなかった。
いつもと様子が違う、ほんのり赤く染まった海里のほそい頬と濡れた目元。
俺が失敗して切り落として以来、やや長くしている前髪をそっとかき分けると一重の切れ長の目が現れる。
今は閉じられているけど、きゅっと細めるとなんともいえない色気が漂うそれ。
俺は、海里のその目がいっとう好きだった。
目だけ?
違う。
俺はもうずっと前から、海里のことが好きだった。
そうだ、好きだったんだ。
だからいま、俺の前で無防備に寝ている海里に欲情している。
自覚さえすれば、理解するのは早かった。
「……海里……」
酔い潰れて寝ているところを襲うなんて最低だと分かっていたけど、俺は海里の唇に触れるだけのキスを落としていた。
海里への気持ちを意識してしまったその瞬間から、愛しさが爆発して止まらなかったのだ。
俺も多少は酔っていたし、何より若かったので……といちおう言い訳しておく。
「ん……凌、介……なに?」
俺のキスで海里の意識は浮上した。キスで起きるなんておまえは眠り姫か?
しかも目覚めた瞬間に俺の名前を呼ぶなんて、可愛すぎだろう!
恋を意識した俺はどこまでも盲目だった。
「海里、おまえを……抱きたい」
「へ?……なんだって?」
「怖くないよ、セックスは気持ちいいことだ。おまえだって少しは興味あっただろ」
「いや、でも、俺たちは男どうし……」
「男同士でもセックスはできるよ」
海里は驚いていたが、酔っていて頭もはっきりしないらしく、抵抗しなかった。
「よく、わかんない、けど」
「うん」
凌介が、したいなら……。
海里はこのときのことを、気が付いたら俺に組み敷かれてただなんて言うけど、確かにおまえはそう言ったんだよ。
困惑しながらも、少し照れた様子で俺から目を逸らしながら、『凌介がしたいなら』ってそう言ったんだ。
そんな可愛いことを言われて、若い俺が我慢できるはずもなく……ろくな準備もせずに衝動のまま、海里を抱いた。
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