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好きだという言葉は、なんとなく言わなかった。
まさかそのなんとなくの状態が25年も続いたとは自分でも驚くけど……それは言えなかったのではなくて、言わなかったからだ。
海里に俺の気持ちを受け入れて貰えないかもしれない、という恐怖は無かった。
むしろ逆だった。
海里は無意識で無自覚だったけど、ちゃんと俺を恋人として扱ってくれていた。
俺以外の奴とは遊びに行かない。
俺以外の奴には甘えない。
当然、俺以外の奴とはセックスもしない。
でも海里は『そもそも凌介以外の人間に声を掛けられることが無かったからだ』なんて言うけど、それは間違いだ。
海里は変人扱いをされていたけど、そのエキセントリックなところが魅力だ、と一部ではかなり人気があったのだ。しかも何故か男ばかりに。
本人が人見知りというのもあってか、その好意に気付いていなかっただけ。あと、俺がしっかり牽制していたから。
そして、だいじなことはちゃんと事前に相談してくれる。『他に相談できる奴がいなかったからだ』なんて言うけど、仮に相談できる相手がいても誰にも相談しない奴は沢山いるよ。
そんなふうに、俺は誰から見ても海里の特別だった。海里が自覚していなくとも。
しかし、だから気持ちを伝えなかった……というのはまた違う。
俺は、『このまま』が良かったのだ。
海里との関係に『友人』以外に『恋人』という名前が付いてしまったら、俺たちの距離感は何かしら変わったかもしれない。
恋人だからこうしなきゃいけない。
恋人だからあれをしなきゃいけない。
そうやって無意識に縛られてしまうことが、俺には煩わしかった。
そして多分、海里も同じだと思った。
海里は素直だし真面目だから――本人は否定するが――俺との関係にそういう名前が付いたら、俺が意識しなくとも変に意識してしまうかもしれない、という懸念があった。
『自惚れるな』と言われそうだから言わないけど。
そして俺たちには、恋愛よりも夢中になれるものが常に周りにあった。
勉強も研究も大変だったけど、毎日が楽しかった。何をするにも海里が隣に居てくれれば、俺はそれだけで満たされていた。
もちろん、海里のほうから『ちゃんと恋人同士になりたい』という申し出があれば、喜んで受け入れる気はあった。それはそれで楽しいだろうから。
しかし海里は俺の予想通りというかなんというか……25年間ずっと、俺への気持ちに無自覚だったようだ。いっそ清々しい。
そしていつの間にか中年と言われる歳になって、健康問題がきっかけで俺は海里にプロポーズをしようと決めたのだけど、ここに来てようやく俺は不安になった。
――もし、断られたらどうしよう。
25年間余裕綽々で勝手に恋人ヅラしていたくせに、いまさら?と笑われそうだが、やはり俺と海里は違う人間なので……俺がずっと思っていたことと海里の想いに相違があったら……と、アッという間に不安に襲われた。
だから、どうして結婚したいのか、俺と結婚したらどういうメリットがあるのか……海里に首を縦に振らせるために、必死で考えた。
結局、普通のことしか思い浮かばなかったけれど。
でも、海里は俺が思っていた以上にアッサリと承諾してくれた。
正直拍子抜けだったが、俺と結婚することにより生じるメリットが魅力的だったらしい。
けど……海里。
俺が結婚したかった本当の理由は健康問題なんかじゃなくて、単におまえと一生一緒に居れる保証が欲しかっただけなのだと言ったら、おまえは受け入れてくれただろうか。
俺たちはとっくに大人で、それぞれの生活があって、毎日顔を合わすわけじゃない。
メールで連絡をとる習慣もない。
おまえはもう俺のデートを邪魔しに来ない。
俺が勝手に時々おまえに会いに行くだけ。
『生存確認』と言って、おまえがちゃんと食事を摂っているか、俺以外に好きなやつが出来ていないか、今でもこころをゆるしているのは俺だけなのか、セックスを通して確認する。
俺が勝手にしていたことだけど、もうそういうことをしなくてもいいように……また昔のように、俺のすぐ手の届く場所 にいて欲しいんだと正直に伝えたら。
おまえは俺を、受け入れてくれた?
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